第六十一話 監察官シエラ
黒灰圏中央行政区。
そこは、
都市というより。
管理施設だった。
◇
建物配置は均一。
通路幅も統一。
標識位置すら揃っている。
◇
無駄が無い。
そして。
息が詰まるほど整然としていた。
◇
レイン・ヴァルト
達は、
行政庁舎前で待たされていた。
周囲には、
監視兵。
巡回官。
事務員。
全員、
灰色制服。
◇
誰も騒がない。
誰も雑談しない。
必要最低限だけ喋る。
◇
ノア
が小声で呟く。
「……ずっと試験会場みたい」
◇
その時。
庁舎扉が開いた。
◇
一人の女が出てくる。
◇
シエラ
。
◇
黒灰軍監察衣。
長い銀灰髪。
細い眼鏡。
無駄の無い動作。
◇
最初の印象は。
冷たい。
◇
だが。
威圧感とは違う。
温度そのものが低い。
◇
シエラは、
レイン達を見回す。
感情の起伏がほぼ無い。
「灰燕代表、
レイン・ヴァルト」
「確認した」
◇
それだけ。
歓迎も敵意も無い。
◇
「本日は統治区域を案内する」
「質問は自由」
「ただし、
機密区域への立入は禁止」
◇
事務連絡みたいな口調。
◇
視察が始まる。
まずは居住区。
◇
集合住宅群。
建築規格統一。
水路管理済み。
衛生区画分離。
◇
王都下層街より、
遥かに清潔だった。
◇
「住居配分は?」
レインが聞く。
「世帯人数と労働内容で決定」
シエラが即答する。
「不要な格差は排除する」
◇
「不要な格差、か」
レインが小さく繰り返す。
◇
シエラは歩きながら続ける。
「格差は腐敗を生む」
「腐敗は統治効率を低下させる」
「ゆえに制限する」
◇
理論としては、
筋が通っていた。
◇
次に、
教育区。
子供達が、
無言で授業を受けている。
算術。
識字。
労働知識。
規律教育。
◇
驚くほど静かだった。
◇
ノアが、
少し居心地悪そうに言う。
「騒がねぇんだな」
「規律違反だから」
シエラが答える。
◇
「子供だぞ?」
「だから教育する」
◇
会話が噛み合わない。
◇
レインは、
そこで理解する。
この女は。
善悪で統治を見ていない。
◇
機能するかどうか。
それだけだ。
◇
視察途中。
広場を通る。
そこには、
監視掲示板があった。
違反報告。
労働成績。
改善命令。
全て公開。
◇
イヴァンが眉をしかめる。
イヴァン
。
「息苦しくねぇのか、
ここ」
◇
シエラは、
少しだけ足を止めた。
それから。
静かに言う。
「人間は、
自由を与えると腐敗する」
◇
風が吹く。
灰色旗が揺れる。
◇
「私欲を優先する」
「責任を放棄する」
「弱者を搾取する」
「感情で暴走する」
◇
「だから管理する」
「だから統制する」
「それが統治だ」
◇
レインは、
即座に返した。
「全員がそうじゃない」
◇
「支え合う人間もいる」
「助け合う奴もいる」
「自由の中で、
正しく生きる人間だっている」
◇
シエラは、
そこで初めてレインを見る。
無機質な瞳。
◇
「王都を見ても?」
◇
言葉が刺さる。
◇
レインの脳裏に、
王都が浮かぶ。
貴族の備蓄。
餓死体。
暴動。
略奪。
見捨てられた難民。
◇
自由。
欲望。
責任逃れ。
全部、
確かに存在していた。
◇
シエラは淡々と続ける。
「理想は理解する」
「だが統治とは願望ではない」
「崩壊を防ぐ技術だ」
◇
レインは、
答えられなかった。
◇
シエラの言葉は、
冷たい。
だが。
現実を知っている言葉だった。
◇
視察は続く。
整然とした都市。
静かな民衆。
管理された平和。
◇
その光景を見ながら。
レインは少しずつ。
分からなくなっていく。
◇
人を生かすのに必要なのは。
本当に、
自由なのか。




