第五十九話 兵站総監
黒灰圏中央兵站局は。
城ではなかった。
◇
巨大な倉庫だった。
◇
石壁。
鉄骨。
積み上がる物資箱。
乾燥食料。
薬品。
武器。
補修資材。
◇
人より、
物資が優先されている建物。
それが一目で分かった。
◇
レイン・ヴァルト
は、
案内兵に連れられながら内部を見渡す。
通路には、
膨大な帳簿係。
計算板。
配給表。
輸送地図。
◇
誰も雑談しない。
紙をめくる音だけが響く。
◇
「こちらだ」
案内兵が扉を開ける。
◇
部屋は広い。
だが装飾が無い。
壁一面が地図。
机上には数字の羅列。
中央に、
一人の男が座っていた。
◇
ギルゼア
。
◇
痩せた男だった。
黒灰軍服。
短く整えた灰髪。
鋭い目。
感情が薄い。
◇
最初にレインが思ったのは。
兵士ではない、
だった。
◇
学者。
あるいは、
計算機。
そんな印象。
◇
ギルゼアは、
机から目を離さないまま言った。
「座れ」
◇
それだけ。
歓迎も。
威圧も。
外交辞令すら無い。
◇
レイン達が座る。
イヴァン
が、
わずかに警戒を強めていた。
◇
ギルゼアは、
一枚の紙を机へ滑らせる。
「灰燕物流網の輸送記録だ」
◇
レインの目が細まる。
そこには。
輸送成功率。
損耗率。
死亡率。
街道維持日数。
全て記載されていた。
◇
「……調べたのか」
「当然だ」
ギルゼアは即答する。
「維持能力のある組織は、
把握する価値がある」
◇
言葉が冷たい。
だが合理的だった。
◇
「お前は優秀だ、
レイン・ヴァルト」
「王都崩壊後も、
物流網を維持した」
「都市生存率も高い」
◇
褒めているはずなのに。
数字報告みたいだった。
◇
ギルゼアは続ける。
「だが非効率だ」
◇
レインが眉を動かす。
「難民保護を優先し過ぎている」
「負傷者輸送比率も高い」
「稼働不能者維持コストが大きい」
◇
まるで。
人間を荷物みたいに言う。
◇
レインが低く返す。
「人間だからだ」
◇
ギルゼアは、
そこで初めて視線を上げた。
冷たい目だった。
◇
「理想は食えない」
◇
部屋が静まる。
◇
「感情で物流を行えば、
必ず破綻する」
「配給は公平性ではなく、
維持効率で決めるべきだ」
「労働不能者を抱え続ければ、
全体が死ぬ」
◇
ギルゼアの声には、
迷いが無い。
それが恐ろしかった。
◇
レインは静かに返す。
「人は数字じゃない」
◇
「飢える人間を切り捨て続ければ、
最後には誰も残らない」
「物流は、
人を生かすためのものだ」
◇
ギルゼアは、
数秒沈黙した。
それから。
淡々と言った。
「なら」
◇
「王都はなぜ崩壊した?」
◇
空気が止まる。
◇
ノアが息を呑む。
イヴァンも黙る。
◇
ギルゼアは続ける。
「自由を与えた」
「感情を優先した」
「理想を掲げた」
「結果は?」
◇
「飢餓」
「暴動」
「国家崩壊」
◇
「違うか?」
◇
レインは、
答えられなかった。
◇
脳裏に浮かぶ。
燃える王都。
略奪。
死体。
餓死した子供。
◇
全部、
見てきた。
◇
ギルゼアの言葉は、
正論だった。
少なくとも。
結果だけ見れば。
◇
「……お前達のやり方が、
正しいと言うのか」
レインが絞り出す。
◇
ギルゼアは、
僅かに首を横へ振った。
「違う」
◇
「我々は、
維持できる方法を選んでいるだけだ」
◇
その瞬間。
レインは理解する。
この男は。
悪人ではない。
◇
だからこそ、
危険なのだと。




