第五十八話 働かざる者
朝。
黒灰圏の街は、
鐘で起きた。
◇
一定間隔。
短く三回。
その音と同時に。
都市全体が、
一斉に動き始める。
◇
扉が開く。
人々が通りへ出る。
荷車。
工具。
帳簿。
全員、
迷いなく持ち場へ向かう。
◇
レイン・ヴァルト
は、
宿舎窓からその光景を見ていた。
異様だった。
◇
王都なら。
朝はもっと乱雑だ。
酔っ払い。
物乞い。
揉め事。
寝転がる失業者。
そこに人間臭さがあった。
◇
だがここには、
それが無い。
全員が、
機械みたいに動いている。
◇
「視察案内を開始する」
黒灰兵が、
感情の薄い声で告げる。
◇
レイン達は、
労働管理局へ案内された。
巨大な石造施設。
内部には、
無数の書架。
帳簿。
登録札。
地区地図。
◇
中央壁面には、
巨大な管理板。
人口。
労働率。
負傷率。
配給量。
全部、
数値化されていた。
◇
イヴァン
が眉をひそめる。
「軍司令部みてぇだな」
「統治は戦争と同じだ」
案内役の監督官が即答する。
「維持できなければ崩壊する」
◇
そのまま視察開始。
まず見せられたのは、
登録室だった。
◇
新規難民達が、
机前へ並んでいる。
事務官が質問する。
「氏名」
「年齢」
「既往歴」
「技能」
「識字能力」
「労働可能部位」
◇
次に。
適性検査。
◇
腕力。
視力。
計算能力。
持久力。
反応速度。
全部測定。
◇
結果によって、
配置が決まる。
土木。
輸送。
配給。
鍛冶。
農作業。
兵站補助。
◇
「拒否は?」
レインが聞く。
監督官は、
少しだけ首を傾げた。
「何故拒否する?」
◇
「適性配置は、
最も効率的な生存方法だ」
当然みたいに言う。
◇
レインは、
その言葉に寒気を覚えた。
◇
都市を歩く。
建築区。
修繕班。
運搬隊。
農地整備班。
全員、
役割を持って動いている。
◇
驚くほど無駄が無い。
◇
さらに。
失業者がいなかった。
◇
座り込む人間。
酒浸り。
路地の浮浪者。
王都では溢れていた存在が、
ここにはいない。
◇
代わりに。
全員、
働いている。
◇
その時。
レインの視線が止まる。
◇
老人達だった。
かなり高齢。
腰も曲がっている。
だが。
配給袋整理をしていた。
乾燥薬草選別。
紐結び。
軽量作業。
◇
誰一人、
休んでいない。
◇
ノアが、
思わず言った。
「じいさんまで働いてんのかよ……」
監督官が答える。
「可能な限り働く」
「労働不能者のみ、
完全扶助対象」
◇
「じゃあ、
働きたくない奴は?」
ノアの問い。
監督官は、
無表情のまま返した。
「存在しない」
◇
ノアが黙る。
◇
レインは理解する。
違う。
“存在できない”のだ。
◇
黒灰圏では。
役割を持たない人間が、
制度上存在しない。
◇
全員が、
社会機能の部品。
だから維持できる。
だから飢えない。
◇
だが。
その代わり。
自由に立ち止まる権利も無い。
◇
昼。
食堂区。
労働者達が、
静かに食事を取っていた。
全員同じ量。
同じ器。
同じ配給。
◇
誰も文句を言わない。
誰も怠けない。
誰も騒がない。
◇
ノアが、
ぽつりと呟く。
「……ここ、怖い」
◇
イヴァンが横を見る。
「何がだ」
◇
ノアは、
食堂全体を見回した。
「誰もサボらない」
◇
その言葉で。
レインは、
ようやく違和感の正体を理解した。
◇
人間には本来、
無駄がある。
怠ける。
迷う。
泣く。
逃げる。
立ち止まる。
◇
だが黒灰圏は、
それを許さない。
◇
効率的。
合理的。
安定的。
そして。
息苦しいほど、
完成されていた。




