第五十七話 黒灰配給区
黒灰圏の都市は。
静かだった。
◇
レイン・ヴァルト
達の馬車列は、
黒鉄門を抜けて都市内部へ入る。
その瞬間。
空気が変わった。
◇
まず気付いたのは、
臭いだった。
腐臭が少ない。
王都では、
街全体に死臭と汚泥臭が染み付いていた。
だがここは違う。
消毒薬。
炊き出しの湯気。
濡れた石畳。
管理された都市の匂い。
◇
通りは広い。
雪掻き済み。
荷車の通行路まで整理されている。
◇
人は多い。
難民もいる。
だが。
押し合わない。
怒鳴らない。
奪わない。
◇
整列していた。
◇
長い炊き出し列。
灰色の衣服を着た人々が、
無言で並んでいる。
前方では、
配給係が器へ粥を注いでいた。
一人分ずつ。
均等。
機械みたいに正確。
◇
ノア
が目を丸くする。
「……喧嘩してない」
◇
王都なら。
炊き出しは戦場だった。
列は崩れ。
奪い合い。
弱者が踏み潰される。
それが普通だった。
◇
だがここでは。
子供も。
老人も。
全員、
同じ順番で食料を受け取っている。
◇
イヴァン
が低く呟いた。
「王都より、
よっぽどまともじゃねぇか……」
◇
レインは、
答えられなかった。
否定できないからだ。
◇
通りを進む。
途中、
大きな掲示板が見えた。
黒灰文字で、
配給予定が記載されている。
地区番号。
配給量。
労働配置。
医療巡回日時。
全部、
細かく管理されていた。
◇
その横では、
難民登録所が稼働している。
受付机。
識別票。
体調確認。
家族構成記録。
◇
兵士ではなく、
事務官が処理していた。
流れ作業みたいに。
◇
「次」
「氏名」
「年齢」
「労働可能か」
「家族人数」
◇
無駄が無い。
感情も少ない。
だが。
放置されている人間がいない。
◇
レインは、
王都の難民街を思い出す。
凍死体。
飢餓。
病気。
放棄。
◇
ここには、
少なくともそれが無い。
◇
さらに進む。
孤児保護区。
子供達が列になって歩いていた。
全員、
灰色の制服。
年齢ごとに整列。
教師役らしき監督員が付いている。
◇
痩せていない。
顔色も悪くない。
教育まで受けている。
◇
ノアが小さく言う。
「……俺、
こっちで生まれてた方が、
マシだったのかな」
◇
レインは即答できなかった。
◇
市場区へ入る。
そこで、
違和感が決定的になる。
◇
自由市場が存在しない。
◇
露店が無い。
値切り声も無い。
商人の呼び込みも無い。
代わりに。
配給窓口。
交換所。
指定物資受領所。
全部、
管理制。
◇
「金は?」
イヴァンが聞く。
案内役の黒灰兵が答える。
「一部存在する」
「だが生活基盤は配給管理だ」
◇
「貴族は?」
「存在しない」
「特権階級は?」
「功績優遇はある」
「だが配給優先権は無い」
◇
レインは、
周囲を見る。
本当に、
誰も贅沢していない。
そして。
誰も飢えていない。
◇
だが。
違和感は消えない。
◇
全員、
同じ灰色服。
同じ歩き方。
同じ静けさ。
◇
さらに。
監視兵の数が異常だった。
交差点。
屋上。
監視塔。
必ず兵士がいる。
◇
人々は、
兵士を見ると少し姿勢を正す。
恐怖。
というより。
習慣化された服従。
◇
レインは理解し始める。
ここは平等だ。
だが。
自由ではない。
◇
炊き出し列を見つめながら、
レインは呟く。
「……全員、
同じだけ生かされてる」
◇
その言葉に。
ノアが静かに返した。
「でも、
好きには生きられない」
◇
風が吹く。
灰色の旗が揺れる。
◇
王都では、
自由の中で人が死んだ。
ここでは、
管理の中で人が生きている。
◇
レインはまだ。
どちらが正しいのか、
答えを出せなかった。




