第五十五話 見限る者
夜。
王都レグナリア
は、
燃えていた。
◇
城壁上。
冷たい風が吹く。
レイン・ヴァルト
は、
黙って王都を見下ろしていた。
◇
赤い。
都市のあちこちが、
炎に染まっている。
倉庫火災。
略奪。
暴動。
煙が夜空へ昇る。
◇
怒号が、
風に乗って聞こえた。
泣き声。
悲鳴。
剣戟。
何かが壊れる音。
全部混ざっている。
◇
もう。
どこで何が起きているのか、
区別すら付かない。
都市全体が、
崩壊音を鳴らしていた。
◇
広場では、
配給車が横転していた。
群衆が食料へ群がる。
踏み合い。
殴り合い。
血まみれの小麦袋。
◇
別の区画では。
武装した帰還兵達が、
即席 barricade を築いている。
中央命令は無い。
だから。
自分達で守るしかない。
◇
王都は今。
一つの国家首都ではなく。
無数の小さな生存圏へ、
分裂し始めていた。
◇
レインは、
静かに地図を思い浮かべる。
物流。
配給。
治安。
輸送。
全部計算した。
何度も。
何度も。
それでも。
答えは変わらなかった。
◇
修復不能。
◇
補給不足だけじゃない。
食料不足だけでもない。
政治。
権力。
官僚制。
貴族構造。
全部が腐敗している。
◇
仮に今。
大量物資を投入しても。
中央が再分配できない。
倉庫は囲い込まれる。
貴族が隠す。
官僚が止める。
治安組織は横流しする。
つまり。
物流では救えない段階へ、
既に到達していた。
◇
背後で足音。
ザイン
だった。
痩せ細った姿。
隈の濃い目。
聖剣を杖みたいに支えている。
◇
「……まだ、
何とかできると思うか」
ザインが聞く。
レインはすぐに答えなかった。
◇
遠くで、
また火が上がる。
悲鳴。
鐘。
崩れる建物。
◇
「無理だ」
静かな声だった。
「もう遅い」
◇
ザインは、
何も言わない。
否定できないから。
◇
「補給で救えるのは、
秩序が残ってる場所だけだ」
「人間が、
まだ“分け合う”段階なら救える」
「でもここは違う」
◇
レインの視線が、
燃える都市を見下ろす。
「奪い合う段階に入った」
◇
それは。
物流崩壊の最終段階だった。
人間が、
共同体維持を諦める瞬間。
◇
「王都を立て直せば……」
ザインが掠れた声を出す。
だが。
途中で止まる。
自分でも分かっている。
無理だと。
◇
王族は空洞化。
官僚制崩壊。
軍消滅。
民衆暴走。
帰還兵武装化。
全部同時進行。
もう、
一人で支えられる規模じゃない。
◇
レインは、
ゆっくり目を閉じる。
脳裏に浮かぶ。
灰燕運送ギルド
。
雪の街道。
市場。
笑う子供。
働く帰還兵。
帰ってくる人々。
◇
あそこには、
まだ秩序がある。
人間同士の信頼が残っている。
だから支えられる。
◇
でも王都には、
もう無い。
◇
レインは、
静かに呟いた。
「ここはもう、
支える場所じゃない」
◇
その言葉は。
国家への死刑宣告だった。
◇
ザインが俯く。
「……逃げるのか」
「違う」
レインは即答する。
◇
「残せる場所を守る」
◇
王都全部は救えない。
国家全部も救えない。
なら。
まだ生きられる場所を、
優先するしかない。
◇
それが。
物流を知る者の、
現実だった。
◇
遠くで。
王城外門が破られる音がした。
怒号が響く。
火が広がる。
◇
だがレインは、
もう振り返らなかった。
◇
決断したからだ。
王都改革は放棄。
中央統治から切断。
帰るべき場所は、
ここじゃない。
◇
灰燕へ戻る。
人がまだ、
生きて帰れる場所へ。




