第五十四話 王都崩壊
その日。
レグナス王国は、
終わった。
誰かが宣言したわけではない。
国王が崩御したわけでもない。
王城が落ちたわけでもない。
だが。
確かに終わっていた。
◇
朝。
王都レグナリア
には、
鐘が鳴っていなかった。
本来なら。
開門。
配給。
行政開始。
都市を動かす合図。
だが今日は違う。
誰も鳴らさない。
鳴らす人間が、
もういない。
◇
中央行政区。
役所は閉鎖されていた。
扉は破壊。
窓ガラス粉砕。
書類は路上へ散乱している。
◇
徴税記録。
戸籍。
兵站台帳。
国家を支えていた紙束。
それが今は、
泥と血に塗れていた。
◇
誰も回収しない。
もう意味が無いからだ。
◇
税も徴収できない。
配給も機能しない。
命令も届かない。
兵も動かない。
つまり。
国家機能が、
完全停止した。
◇
レイン・ヴァルト
は、
中央通りを歩いていた。
かつて。
王国最大の大通り。
祝祭。
凱旋。
勇者讃歌。
全てが行われた場所。
今は。
死臭だけが漂っている。
◇
焼けた屋台。
放棄馬車。
倒れた死体。
誰も片付けない。
片付ける組織が消えた。
◇
人々はまだいる。
都市人口そのものは、
消えていない。
だが。
それは“国民”じゃなかった。
◇
生存者。
ただそれだけ。
◇
市場跡地では、
人々が勝手に物々交換を始めていた。
乾燥肉一欠片。
交換対象は、
短剣。
水。
毛布。
もう王国通貨を使う者は少ない。
貨幣価値が、
死に始めている。
◇
「金なんか、
食えねぇ」
痩せた女が吐き捨てる。
誰も反論しない。
◇
一方。
旧貴族街では、
自警団化が始まっていた。
私兵。
帰還兵。
傭兵崩れ。
区域ごとに武装化。
自分達の区域だけを守る。
もう中央命令は無い。
◇
都市が、
分裂している。
◇
王城。
王城グランエル
も、
静かだった。
衛兵は減少。
廊下は空。
召使いも少ない。
◇
玉座の間。
国王は座っていた。
だが。
もう誰も、
謁見へ来ない。
◇
命令を出しても、
届かない。
届いても、
実行されない。
つまり。
王はまだ存在している。
だが王権は、
既に死んでいた。
◇
ザイン
は、
玉座の間隅にいた。
聖剣を抱えたまま。
虚ろな目で、
何も見ていない。
◇
勇者。
王。
貴族。
官僚。
全部残っている。
なのに。
国だけが、
消えていた。
◇
夕方。
城壁上。
レインは、
王都全景を見下ろす。
煙。
火災。
武装集団。
略奪。
即席市場。
難民。
◇
人は生きている。
都市も存在している。
だが。
そこにはもう、
国家秩序が無い。
◇
王都は今。
レグナス王国の首都ではなく。
ただ巨大な、
飢えた生存者集落へ変わっていた。
◇
その時。
遠くで。
王国旗が降ろされる。
風に揺れながら、
ゆっくり落ちていく。
◇
誰も敬礼しない。
誰も止めない。
誰も見ていない。
◇
レインだけが、
静かにそれを見ていた。
理解していた。
国家は。
城でも。
王でも。
旗でもない。
人間同士が、
同じ秩序を信じられるかどうか。
ただそれだけなのだと。
そして今。
その信頼が、
完全に失われたのだと。




