第五十二話 王権空洞化
王城には、
まだ旗が掲げられていた。
白銀の王家紋章。
レグナス王国の象徴。
だが。
その旗の下で。
国家は、
静かに死に始めていた。
◇
王城グランエル
中央政務棟。
朝。
本来なら、
官僚達で埋まるはずの廊下。
今は空席だらけだった。
◇
机だけが並んでいる。
積み上がった未処理書類。
封も切られていない報告書。
腐った空気。
誰も整理していない。
◇
「財務局長は?」
レイン・ヴァルト
が聞く。
若い書記官が、
顔を青くした。
「三日前から出勤していません」
「連絡は」
「ありません」
◇
「兵站管理部は」
「責任者辞任です」
「後任は?」
「未定です」
終わっていた。
◇
国家というものは。
王がいるから動くわけじゃない。
実際に回しているのは、
現場の官僚達だ。
書類。
輸送。
徴税。
配給。
許可。
命令。
その積み重ねで、
初めて国家は機能する。
だが今。
その歯車が、
次々止まっている。
◇
理由は単純だった。
責任。
誰も、
負いたくない。
◇
「補給崩壊の責任者は誰だ」
「遠征失敗は誰の判断だ」
「配給不足は誰が決裁した」
答えられない。
いや。
答えた瞬間、
処刑台へ立つ。
だから逃げる。
病欠。
辞任。
失踪。
官僚制そのものが、
自己崩壊を始めていた。
◇
午後。
王族会議。
だが。
出席者は半分以下。
貴族達も、
既に保身しか考えていない。
◇
「地方軍を再編するべきです」
「いや、
まず王都防衛を――」
「税収が消えております」
「配給維持不能です」
怒鳴り合い。
責任転嫁。
誰も決断しない。
◇
そして。
玉座だけが、
異様に静かだった。
◇
国王は座っている。
だが。
何も決めていない。
いや。
決められない。
◇
老いた王は、
痩せ細っていた。
目の焦点も弱い。
遠征失敗。
暴動。
飢餓。
国家崩壊。
全部が一気に押し寄せた。
もう、
耐えきれていない。
◇
「……勇者は」
王が呟く。
「戦況はどうなっておる」
誰も答えられない。
正確な戦況を、
把握している者がいない。
◇
情報が止まっている。
命令も止まっている。
つまり。
国家中枢そのものが、
機能停止していた。
◇
ザイン
は、
その会議に呼ばれていた。
だが。
ほとんど喋らない。
ただ座っているだけ。
聖剣を抱えて。
◇
誰も、
もう勇者へ期待していない。
それでも。
その姿だけは必要だった。
王権の象徴として。
◇
会議後。
回廊。
レインは、
若い官僚が泣いているのを見た。
「もう無理だ……」
「書類回しても、
誰も決裁しない……」
「配給許可も、
兵站命令も止まってる……」
崩壊だった。
◇
国家は、
一瞬で壊れるわけじゃない。
まず。
意思決定が遅れる。
次に。
責任回避が始まる。
最後に。
誰も決めなくなる。
それが、
終わりだ。
◇
夜。
王城外では、
再び暴動が起きていた。
炎。
怒号。
悲鳴。
なのに。
中央からは、
何の命令も出ない。
◇
兵も動かない。
官僚も動かない。
王族も決めない。
中枢が空洞化している。
◇
レインは、
王城窓から都市を見る。
燃える王都。
崩れ始めた国家。
そして理解する。
もう。
この国には、
中心が存在していないのだと。




