第五十一話 暴動の芽
最初に石を投げたのは、
誰だったのか。
もう、
誰も覚えていない。
◇
王都レグナリア
南東配給区。
夕暮れ。
配給終了の鐘が鳴る。
だが。
列の半分以上は、
まだ食料を受け取れていなかった。
◇
「本日の配給は終了です!!」
役人が叫ぶ。
一瞬。
沈黙。
そして。
「待てよ」
低い声が響く。
◇
列の後方。
痩せた男が立っていた。
軍服の残骸。
片腕の包帯。
凍傷で黒ずんだ指。
帰還兵だった。
◇
「俺達、
戦ってたんだぞ」
「王国のために」
誰も答えない。
役人は視線を逸らす。
◇
「なのに、
食わせる物もねぇのか?」
声が震えていた。
怒りじゃない。
限界だった。
◇
「規則ですので――」
役人が言い終わる前に。
石が飛んだ。
鈍い音。
役人の額から血が流れる。
◇
それが始まりだった。
◇
群衆が動く。
怒号。
押し合い。
配給車転倒。
袋が破ける。
零れた乾燥麦へ、
人々が群がる。
地面を舐めるように掴む。
◇
衛兵が駆け込む。
「下がれ!!」
警棒。
悲鳴。
殴打音。
その瞬間。
帰還兵の目が変わった。
◇
戦場の目だった。
死線を越えた人間の目。
◇
「……また俺達を捨てるのか」
男が呟く。
次の瞬間。
衛兵へ殴りかかった。
◇
暴動は、
そこから一気に燃え広がる。
配給所襲撃。
商会略奪。
食料庫破壊。
各地で同時発生。
◇
そして。
その中心には必ず、
帰還兵達がいた。
◇
彼らは、
もう壊れていた。
飢餓。
寒さ。
敗走。
仲間の死。
国家への失望。
全部抱えたまま、
王都へ戻された。
だが。
帰ってきた先にも、
居場所は無い。
◇
「仕事?」
酒場で、
帰還兵が笑う。
「腕ねぇのに何やれって?」
「畑も家も消えた」
「家族は飢えてる」
酔っているのに、
誰も笑わない。
◇
レイン・ヴァルト
は、
治安報告を読んでいた。
件数が異常だった。
一日十件。
二十件。
増え続ける。
◇
「原因は?」
レインが聞く。
治安官が吐き捨てる。
「全部だ」
「飢餓」
「失業」
「帰還兵」
「配給不足」
「もう抑えきれねぇ」
◇
王都は、
巨大すぎる。
人口を維持するだけで、
膨大な物資が要る。
だが今。
物流は死んでいる。
つまり。
都市そのものが、
飢え始めている。
◇
夜。
北部市場。
帰還兵達が、
焚火を囲んでいた。
痩せた顔。
虚ろな目。
誰も未来を話さない。
◇
「勇者様は勝ったんじゃなかったのか」
一人が言う。
「新聞じゃな」
別の男が笑う。
「じゃあ俺達、
何で飢えてんだ?」
沈黙。
◇
もう、
皆分かり始めていた。
国は嘘をついている。
◇
「……全部燃やした方が早ぇかもな」
誰かが呟く。
危険な沈黙が落ちる。
誰も否定しない。
◇
人間は。
希望がある間は耐える。
でも。
希望そのものが嘘だと知った瞬間。
怒りへ変わる。
◇
深夜。
王都西区で、
再び火が上がる。
食料商会倉庫。
炎は、
夜空を赤く染めた。
◇
城壁上からその光景を見ながら。
レインは静かに理解する。
これはまだ、
始まりに過ぎない。
暴動は。
自然災害じゃない。
飢餓と絶望が積み上がった時。
必ず起きる、
社会の崩壊現象なのだと。




