第五十話 王都飢餓
最初は、
小さな噂だった。
「配給量が減った」
「パンが買えない」
「南区で餓死者が出たらしい」
誰もが、
まだ耐えられると思っていた。
少し苦しいだけ。
戦争だから仕方ない。
勇者が勝てば終わる。
そう信じていた。
◇
だが。
限界は、
静かに近付いていた。
◇
王都レグナリア
南街区。
朝の配給列は、
既に数百人規模だった。
痩せた母親。
咳き込む老人。
子供を抱えた女。
皆、
黙って並んでいる。
いや。
喋る体力がない。
◇
「本日の配給は一人半量です」
役人が告げた瞬間。
空気が変わった。
「は?」
「また減るのか?」
「昨日より少ねぇぞ!!」
怒号が飛ぶ。
◇
だが役人も、
もう余裕が無かった。
「無いものは無い!!」
「倉庫が空なんだよ!!」
その言葉に。
列の誰かが叫ぶ。
「嘘つけ!!」
◇
「貴族街には山ほどあるだろ!!」
一瞬。
全員が静まった。
そして。
怒りだけが残る。
◇
噂は既に広がっていた。
北部貴族区画。
地下備蓄倉庫。
大量の小麦。
保存肉。
酒。
香辛料。
民衆が飢える中。
貴族達だけは、
食料を囲い込んでいる。
◇
その情報が、
ついに隠しきれなくなった。
◇
昼。
市場地区。
食料商人の店が襲われる。
「隠してんだろ!!」
「出せ!!」
窓ガラスが割れる。
悲鳴。
乱闘。
衛兵隊が駆け込む。
◇
レイン・ヴァルト
は、
暴動報告書を読んでいた。
数が多すぎる。
一件二件じゃない。
都市全域で、
同時多発的に始まっている。
◇
「配給維持率は」
レインが聞く。
官僚が顔を青くする。
「あと五日です」
「……正常配給なら」
「減量継続でも、
二週間が限界かと」
短い。
致命的に。
◇
問題は単純だった。
遠征軍壊滅。
補給線断絶。
地方物流停止。
その結果。
王都へ物資が入ってこない。
◇
巨大都市は。
自分だけでは生きられない。
外から運ばれ続けて、
初めて維持できる。
つまり。
物流が死ねば、
都市も死ぬ。
◇
夕方。
ついに決定的な事件が起きる。
北部貴族街。
ある倉庫が、
民衆へ見つかった。
◇
扉を破壊。
中へ雪崩れ込む群衆。
そして。
誰もが息を呑んだ。
◇
山積みの小麦袋。
燻製肉。
ワイン樽。
保存食。
ありえない量だった。
◇
その瞬間。
何かが切れた。
◇
「ふざけんな!!」
「俺達は子供が死んでんだぞ!!」
「なんでこいつらだけ!!」
怒号。
泣き声。
略奪。
食料袋を抱えて走る人々。
止めようとした私兵が殴り倒される。
◇
夜。
王都各地で火が上がった。
商会襲撃。
倉庫破壊。
配給所暴動。
都市全体が、
飢餓で軋み始める。
◇
ザイン
は、
王城窓からその火を見ていた。
赤い炎。
怒号。
遠くの悲鳴。
民衆の暴走。
◇
「……俺達、
何守ってたんだろうな」
誰にも向けない言葉。
返事は無い。
◇
一方。
中央政府は、
まだ勝利報道を続けていた。
『戦況安定』
『王国統制維持』
『勇者軍再編成功』
だが。
もう誰も、
信じ始めていなかった。
◇
飢えは。
どんな演説より、
現実を教える。
◇
深夜。
レインは、
王都地図を見ていた。
暴動発生区域。
配給停止区域。
火災地点。
赤印が、
都市全域へ広がっている。
◇
もう、
局地的問題じゃない。
これは。
国家崩壊の前兆だった。




