第四十九話 情報統制
王都は、
今日も平和だった。
少なくとも。
表向きは。
◇
王都レグナリア
中央通り。
鐘が鳴る。
新聞売りが叫ぶ。
「勇者軍、
西部戦線大勝利!!」
「魔王軍後退!!」
「王国反攻成功!!」
民衆が歓声を上げる。
拍手。
安堵。
涙ぐむ者すらいた。
◇
「良かった……」
「終わるんだな」
「勇者様が勝ってくれた」
人々は、
その言葉を信じた。
信じたかった。
◇
だが同じ頃。
西部街道では。
壊れた兵士達が、
雪の中を彷徨っていた。
軍ではない。
敗残兵ですらない。
ただの、
飢えた生存者達。
◇
現実と報道。
その差は、
既に取り返しがつかないほど開いていた。
◇
王城地下。
中央情報管理室。
大量の報告書が積まれている。
戦死者。
脱走者。
補給損失。
部隊消失。
全部。
封印されていた。
◇
「西部遠征軍、
実働率二割以下です」
若い官僚が震える声で報告する。
「補給線完全断絶」
「現地指揮系統消滅」
「生還者多数が統制不能――」
「記録修正しろ」
上官が即座に言う。
◇
「ですが、
実数と差が――」
「修正しろ」
二度目。
それで終わった。
◇
官僚は、
震える手で数字を書き換える。
戦死三万。
それが。
“戦線再編による一時離脱”へ変わる。
壊滅。
それが。
“戦術的後退”になる。
◇
紙の上では。
王国はまだ戦えていた。
◇
レイン・ヴァルト
は、
その光景を黙って見ていた。
もう驚かない。
この国は、
現実では動いていない。
物語で動いている。
それを知ってしまったから。
◇
「なぜそこまで隠す」
レインが聞く。
老官僚は、
疲れた顔で笑った。
「簡単だ」
「真実を出せば、
王都が壊れる」
◇
「民衆は、
勇者が勝っていると思っている」
「それが崩れた瞬間、
暴動になる」
「配給所は襲撃される」
「貴族街も燃える」
「だから隠す」
当然のように言う。
◇
レインは、
反論できなかった。
実際。
間違っていない。
今の王都は、
希望だけで維持されている。
現実を流し込めば、
崩壊する。
◇
問題は。
その希望自体が、
既に腐っていることだった。
◇
夜。
新聞印刷所。
刷られていく紙。
『勇者軍、
西方要塞制圧』
『戦況安定』
『王国勝利目前』
インクの匂い。
機械音。
その全てが、
巨大な嘘を量産していた。
◇
一方。
王都外縁では、
帰還兵達が到着し始めていた。
痩せた兵士。
凍傷。
虚ろな目。
だが。
中央は彼らを、
街へ入れようとしない。
◇
「隔離しろ」
「市民に見せるな」
「敗残を広げるな」
命令が飛ぶ。
兵士達は、
城外収容区画へ押し込まれていく。
◇
「……俺達、
勝ったんじゃねぇのか」
一人の帰還兵が呟く。
誰も答えない。
◇
翌日。
王都広場では、
勝利祈念祭の準備が始まっていた。
旗。
音楽。
勇者像。
笑う子供達。
その城壁の外では。
飢えた帰還兵が、
配給待ちで倒れている。
◇
現実は崩壊している。
だが公式記録の中では。
王国は今も、
勝利し続けていた。




