第四十五話 軍隊の死因
雪だった。
終わりの見えない、
白い雪。
◇
西部戦線第三野営地。
かつて五千人規模だった遠征軍は、
既に形を失っていた。
壊れた天幕。
沈んだ荷車。
焚火を囲む痩せた兵士達。
誰も喋らない。
喋る体力がない。
◇
風が吹く。
冷たい。
骨まで削るような寒さ。
それなのに。
薪が足りない。
油も無い。
毛布も不足。
◇
レイン・ヴァルト
は、
野営地を歩いていた。
足元で、
何かが埋まっている。
兵士だった。
壁にもたれたまま、
凍死している。
昨夜、
眠って。
そのまま起きなかった。
◇
「……回収しろ」
近くの兵士へ言う。
だが。
返事がない。
視線だけが向く。
動けない。
もう、
死体を運ぶ体力すら残っていない。
◇
補給は途絶えて六日。
馬は食われた。
保存肉は尽きた。
今は、
煮た革を食っている。
靴。
鞄。
馬具。
塩気だけを求めて。
◇
「……敵影は?」
レインが聞く。
見張り兵が笑った。
乾いた笑い。
「魔族なんか見てねぇよ」
「皆、
鍋しか見てねぇ」
◇
敵はいない。
なのに軍が死んでいく。
◇
ある天幕では、
軍医が兵士の足を切っていた。
凍傷。
黒く壊死した肉。
麻酔も足りない。
絶叫。
押さえつける仲間。
その横で。
別の兵士が、
静かに息を引き取る。
餓死だった。
◇
「何人死んだ」
レインが聞く。
軍医は首を振る。
「数えてない」
「いや、
数えられない」
死者が多すぎた。
◇
午後。
野営地東側で騒ぎが起きる。
「脱走だ!!」
怒号。
兵士達が走る。
捕まったのは若い兵だった。
食料袋を抱えている。
「放せ!!」
「死にたくねぇんだよ!!」
泣きながら暴れる。
◇
「処刑しろ」
指揮官が吐き捨てる。
だが。
周囲の兵士達は、
誰も動かなかった。
皆。
同じ顔をしていたからだ。
逃げたい顔を。
◇
軍という形が、
崩れ始めていた。
命令が通らない。
列が維持できない。
配給時に乱闘が起きる。
夜逃げも増えた。
秩序を支えていたもの。
食料。
休息。
希望。
全部、
消えている。
◇
ザイン
は、
本営天幕にいた。
地図前。
だが視線は合っていない。
机には、
冷え切ったスープ。
手を付けていない。
◇
「……西側部隊が消えました」
報告兵が言う。
「消えた?」
「夜間離脱と思われます」
ザインは、
何も言わなかった。
怒鳴る力も無い。
◇
「勇者様」
副官が声を掛ける。
「命令を」
ザインの口が動く。
だが。
言葉が出ない。
◇
レインは、
その姿を見ていた。
違う。
これはもう。
戦場じゃない。
遭難だ。
◇
軍隊が敵に負ける時。
まだ戦いは成立している。
だが今。
この遠征軍を殺しているのは。
空腹。
寒さ。
疲労。
恐怖。
つまり。
環境そのものだった。
◇
夜。
吹雪が強くなる。
視界ゼロ。
天幕が飛ばされる。
悲鳴。
怒号。
馬車転倒。
その中で。
一人の兵士が、
焚火前で呟いていた。
「……魔王軍なんて見てねぇ」
「俺達、
何と戦ってんだ……」
◇
誰も答えられなかった。
答えは、
もう出ている。
この軍を壊したのは。
敵軍ではない。
補給崩壊だった。




