第四十四話 補給遮断戦線
遠征開始から、
十二日後。
王都では、
まだ勝利の噂が流れていた。
「勇者軍は順調らしい」
「西部砦を奪還したとか」
「もうすぐ戦争も終わる」
誰も、
本当の戦場を知らない。
◇
西部戦線。
空は灰色だった。
冷たい風が吹いている。
ぬかるんだ街道。
壊れた荷車。
泥まみれの兵士達。
進軍速度は、
予定の半分以下まで落ちていた。
◇
レイン・ヴァルト
は、
前線補給基地の帳簿を見ていた。
数字が合わない。
いや。
合わなさすぎる。
◇
「第三輸送隊は?」
補給士官が顔を逸らす。
「……未到着です」
「到着予定は三日前だ」
「街道途中で消息を――」
「第四輸送隊」
「橋梁崩落で停止」
「第五は」
「魔物襲撃です」
◇
沈黙。
レインは、
机へ手を置いた。
全部始まっている。
予測通りに。
◇
補給線が長すぎる。
輸送量が足りない。
街道修復が追い付かない。
その状態で、
無理やり軍を押し込んだ。
結果。
兵站そのものが、
耐えきれなくなった。
◇
「現在残存食料は」
「通常配給で四日」
「減量配給なら七日です」
短すぎる。
戦争維持不能。
◇
外では、
兵士達が並んでいた。
配給列。
だが以前と違う。
空気が荒れている。
「少なすぎるだろ!!」
「昨日より減ってるぞ!!」
「ふざけんな!!」
怒号。
殺気。
空腹は、
人間を壊す。
◇
鍋の中は、
ほとんど水だった。
薄い粥。
具は僅か。
兵士達は無言で啜る。
皆分かっている。
足りない。
◇
ザイン
が、
列の横を歩いていた。
兵士達が立ち上がる。
「勇者様!!」
「必ず勝てますよね!!」
期待の目。
縋る目。
ザインは、
笑顔を作った。
「……ああ」
掠れた声だった。
◇
その直後。
ザインがふらつく。
誰にも見えない角度で、
壁へ手をついた。
レインだけが気付く。
限界が近い。
◇
「まだ魔法輸送は復旧しないのか」
レインが聞く。
補給士官が首を振る。
「魔導燃料が尽きました」
「中央からの補充も止まっています」
魔法輸送陣。
本来なら、
前線維持の要だった。
だが。
燃料不足。
整備不足。
術者疲弊。
全部重なり、
既に半壊状態。
◇
「つまり今後は」
「……馬車輸送のみです」
終わった。
レインは内心でそう判断する。
◇
この距離。
この天候。
この消耗率。
通常輸送だけで、
この軍を支えるのは不可能。
◇
夜。
補給基地。
焚火の周囲で、
兵士達が小声で話している。
「食料庫、
もう空らしいぞ」
「脱走した奴がいるって」
「次の補給来なかったら終わりだ……」
不安が広がっていた。
軍という組織は。
食料があるから、
秩序を維持できる。
腹が減れば、
壊れる。
◇
遠くで怒鳴り声。
揉み合い。
食料の奪い合いだった。
◇
レインは、
暗い空を見上げる。
雪が降り始めていた。
最悪だった。
◇
冬。
長距離補給。
崩壊寸前の街道。
飢え始めた兵士。
その全てが重なれば。
結果は一つしかない。
◇
「……遅すぎた」
誰にも聞こえない声。
もう。
立て直せる段階を過ぎていた。
◇
翌朝。
第三補給基地から、
正式報告が届く。
『輸送隊消失』
『食料到達不能』
『現地維持困難』
紙を見た瞬間。
レインは、
静かに目を閉じた。
補給線が切れた。
つまり。
この軍は今。
敵ではなく。
“飢餓”と戦い始めていた。




