第四十三話 再遠征命令
雨だった。
王都レグナリア
の空は、
数日ずっと重い。
灰色。
湿った空気。
淀んだ臭い。
まるで都市そのものが、
腐り始めているみたいだった。
◇
中央政務棟。
緊急軍議。
朝から廊下が騒がしい。
伝令。
書類。
怒号。
誰も余裕がない。
◇
レイン・ヴァルト
は、
会議室へ入った瞬間。
空気で理解した。
もう決まっている。
今日は、
議論の場じゃない。
確認の場だ。
◇
長机の中央。
巨大な軍用地図。
西部戦線。
魔王軍勢力圏。
赤線で引かれた進軍予定路。
それを見た瞬間。
レインは眉を寄せた。
深すぎる。
◇
「本日付で、
王国軍再遠征を決定する」
軍務卿が宣言する。
室内が静まる。
「目的は西部戦線の奪還」
「及び、
民衆への戦況安定化提示」
つまり。
勝利演出。
◇
「補給計画を確認します」
レインが即座に口を開く。
地図へ近付く。
「前線までの距離が長すぎる」
「現状街道維持率では、
輸送量が足りません」
「第二補給線も崩壊寸前です」
「冬損耗も回復していない」
矢継ぎ早。
だが。
高官達の顔は、
既に決まっていた。
◇
「精神論では補給は動きません」
レインは続ける。
「最低でも三ヶ月の再編期間が必要です」
「兵站基地の再建、
輸送馬再調達、
街道修復――」
「時間が無い」
軍務卿が遮る。
◇
「……何がです」
「民衆統制だ」
即答だった。
◇
静まり返る室内。
レインは、
数秒だけ言葉を失う。
◇
「現在、
王都支持率は危険域だ」
財務官が説明する。
「配給不足」
「暴動兆候」
「地方離反」
「この状況で敗北認識が広がれば、
国家そのものが揺らぐ」
◇
「だから勝つ必要がある」
老貴族が言う。
「実際に勝てるかではなく」
「勝っているように見せることが重要だ」
◇
レインは、
全員の顔を見る。
本気だった。
冗談ではない。
この人達は本当に。
軍隊を。
国家維持の演出道具として、
使おうとしている。
◇
「……兵士が死にます」
低い声。
軍務卿が答える。
「既に死んでいる」
「ならなおさら――」
「だからこそ、
意味を与える必要がある」
◇
その言葉に。
レインは、
理解してしまった。
彼らにとって。
兵士とは、
消耗品じゃない。
もっと酷い。
“政治資源”だ。
◇
「補給成立率は?」
レインが聞く。
担当官僚が、
渋々資料を出す。
数字を見る。
そして。
レインは無言になった。
◇
必要輸送量。
到達予測。
損耗率。
全部足りない。
成立率四割以下。
軍隊維持など不可能。
◇
「……これで行かせるんですか」
「勇者がおられる」
神官が言った。
「民は勇者を信じている」
◇
違う。
レインは思う。
勇者は、
腹を満たせない。
荷物を運べない。
凍死を止められない。
補給が切れれば、
軍は終わる。
それは絶対だ。
◇
「顧問殿」
宰相補佐官が静かに言う。
「君の役目は、
遠征を止めることではない」
「成立させることだ」
レインはゆっくり顔を上げる。
◇
成立しない。
もう分かっている。
なのに。
誰も止めない。
止められない。
王国が、
“勝利”を必要としているから。
◇
「……勇者には、
伝えてあるんですか」
その質問だけ。
一瞬。
空気が止まった。
◇
「勇者様は了承済みだ」
軍務卿が答える。
だが。
その言い方で分かる。
本当は。
了承なんてしていない。
させられた。
◇
会議終了。
高官達が立ち去る。
勝利。
国家。
希望。
そんな言葉を口にしながら。
◇
レインだけが、
地図の前に残っていた。
赤線。
進軍路。
補給線。
その先に見える未来は、
一つしかない。
飢餓。
崩壊。
大量死。
◇
窓の外では、
鐘が鳴っていた。
遠征決定を知らせる鐘。
街では、
また歓声が上がるだろう。
「勇者軍出撃!!」
「王国反攻開始!!」
誰も知らない。
その軍隊が。
戦う前から、
もう壊れていることを。




