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世界を救ったのは勇者ではなく補給だった  作者: 南蛇井


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第四十二話 維持される虚像

 朝刊が配られていた。


 


 

王都レグナリア

中央広場。


 


 配給列の横で、

新聞売りの少年が叫んでいる。


 


「勇者軍大勝利!!」


 


「西部戦線安定化!!」


 


「魔王軍後退!!」


 


 人々が群がる。


 


 痩せた手。


 


 疲れた顔。


 


 それでも。


 


 その言葉に、

少しだけ安堵した顔をする。


 


     ◇


 


「勝ってるのか……」


 


「なら、

もう少し耐えれば……」


 


「勇者様がいるからな」


 


 希望。


 


 空腹の人間を、

今日も立たせるための言葉。


 


     ◇


 


 

レイン・ヴァルト

は、

その新聞を一部受け取った。


 


 見出し。


 


『勇者遠征軍、

魔族領深部制圧』


 


『補給線安定』


 


『戦況極めて良好』


 


 全部。


 


 嘘だった。


 


     ◇


 


 昨日。


 


 

ザイン

本人の状態を見た。


 


 あれは、

勝っている軍の顔じゃない。


 


 補給も崩壊している。


 


 輸送記録を見れば分かる。


 


 前線への到達量が足りない。


 


 つまり。


 


 現場は既に、

維持不能。


 


     ◇


 


「顧問殿」


 


 後ろから官僚が近付く。


 


「本日の会議資料です」


 


 受け取る。


 


 中身を見る。


 


 そして。


 


 レインは、

静かに眉を寄せた。


 


     ◇


 


 提出されている軍報告。


 


 戦死者数。


 


 消耗率。


 


 補給達成率。


 


 全部、

改竄されていた。


 


 数字が綺麗すぎる。


 


 現実の戦場ではあり得ない。


 


     ◇


 


「……これは」


 


「中央発表用ですので」


 


 官僚は、

目を逸らしたまま答える。


 


「正式統計は別管理です」


 


 つまり。


 


 民衆用の数字。


 


 政府用の数字。


 


 現場用の数字。


 


 三種類ある。


 


     ◇


 


「現場の実数は?」


 


「……確認中です」


 


 嘘だ。


 


 確認できていないんじゃない。


 


 確認したくない。


 


     ◇


 


 レインは、

静かに資料を閉じた。


 


 理解してしまう。


 


 王国はもう、

現実を見ていない。


 


 見られない。


 


     ◇


 


 午後。


 


 

王城グランエル

軍議室。


 


 巨大地図の前で、

高官達が話していた。


 


「勇者軍の進軍速度は予定通り」


 


「民衆支持率も回復傾向です」


 


「追加徴兵も問題なく――」


 


 レインは、

黙って聞いていた。


 


 誰も。


 


 兵士が食えていない話をしない。


 


 補給到達率の異常を言わない。


 


 死者数も曖昧。


 


     ◇


 


「前線第五補給基地は?」


 


 レインが聞く。


 


 一瞬、

空気が止まる。


 


「……現在確認中だ」


 


「三日前から輸送記録が消えています」


 


「通信障害だろう」


 


「なら再送記録は?」


 


 沈黙。


 


     ◇


 


 レインは確信する。


 


 壊れている。


 


 もう。


 


 かなり深刻に。


 


     ◇


 


「重要なのは、

民衆不安を抑えることだ」


 


 軍務卿が言う。


 


「今、

敗北を認めれば王都は混乱する」


 


「だから勝利を発表する?」


 


「必要な統治だ」


 


 即答だった。


 


     ◇


 


 その瞬間。


 


 レインは、

妙に納得した。


 


 ああ。


 


 そういうことか。


 


     ◇


 


 この国は。


 


 真実で動いていない。


 


 物語で動いている。


 


     ◇


 


 勇者が勝っている。


 


 王国は守られている。


 


 希望はまだある。


 


 その“物語”が。


 


 国家を維持している。


 


     ◇


 


 だから。


 


 たとえ現実が崩れていても。


 


 物語だけは、

止められない。


 


 止めた瞬間。


 


 全部壊れるから。


 


     ◇


 


「……危険ですね」


 


 レインが呟く。


 


「何がだ?」


 


「現実を修正できなくなる」


 


 軍務卿が眉をひそめる。


 


「貴様は理屈で国家を語りすぎる」


 


「民は希望で生きる」


 


     ◇


 


 レインは否定しなかった。


 


 実際、

それは正しい。


 


 人間は、

数字だけでは動けない。


 


 だが。


 


 現実を無視した希望は。


 


 いつか必ず、

破裂する。


 


     ◇


 


 会議後。


 


 王城回廊。


 


 窓の外では、

民衆が勇者旗を振っていた。


 


「勇者様万歳!!」


 


「王国は勝つ!!」


 


 その歓声を聞きながら。


 


 レインは静かに思う。


 


 この国は今。


 


 崩壊寸前の建物を。


 


 “希望”という名前の布で、

必死に覆い隠しているのだと。

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