第四十一話 勇者の現実
王都は今日も、
勇者を必要としていた。
だから。
壊れていても、
立たせる。
◇
王都レグナリア
中央広場。
朝から人が集まっていた。
旗。
鐘。
聖歌。
兵士達の整列。
広場中央には、
巨大な勇者像。
民衆は、
その前で待っている。
空腹を抱えながら。
不安を抱えながら。
それでも。
勇者を見れば、
少し安心できるから。
◇
「勇者様が来るぞ!!」
歓声が上がる。
人波が揺れる。
◇
レイン・ヴァルト
は、
広場端からそれを見ていた。
隣には、
王都官僚。
「本日は士気高揚式典です」
「民衆へ希望を示す必要がありますので」
希望。
その単語に、
レインは何も返さなかった。
◇
やがて。
白銀の扉が開く。
護衛騎士達。
神官。
そして。
ザイン
が現れた。
◇
歓声。
叫び。
「勇者様!!」
「万歳!!」
「王国を救ってくれ!!」
熱狂。
だが。
レインだけは、
すぐ異変に気付いた。
◇
歩幅が不自然。
視線が揺れている。
右手が震えていた。
呼吸も浅い。
そして何より。
目。
焦点が合っていない。
◇
ザインは、
ゆっくり壇上へ進む。
だが途中で、
一瞬足が止まった。
観衆には分からない程度。
けれど。
レインには見えた。
限界だ。
◇
「勇者様!!」
子供が花を投げる。
ザインは、
反応が遅れた。
数秒後。
ようやく笑顔を作る。
ぎこちない。
人形みたいな笑顔だった。
◇
「……眠れてないな」
レインが呟く。
官僚が驚いた顔をする。
「分かるんですか」
「目の動きで」
それだけじゃない。
頬が痩せている。
筋肉量も落ちている。
反応速度も鈍い。
戦闘状態じゃない。
維持状態だ。
◇
壇上。
ザインが演説を始める。
「我々は……」
声が止まる。
一瞬。
本当に一瞬。
何を言うか分からなくなった顔をした。
◇
ざわつく空気。
神官が慌てて拍手を誘導する。
ザインは、
再び口を開く。
「……必ず、
王国を守る」
歓声。
民衆は気付かない。
いや。
気付きたくない。
◇
式典終了後。
ザインは護衛に囲まれ、
すぐ裏通路へ消えた。
レインは、
無言で後を追う。
◇
王城内部。
人気のない回廊。
そこで。
ザインは壁へ手をついていた。
荒い呼吸。
肩が震えている。
◇
「……ザイン」
声を掛けた瞬間。
ザインが反射的に剣へ手を伸ばした。
異常な反応速度。
敵襲反応。
そして。
レインを見て、
ようやく力が抜ける。
◇
「……あぁ」
掠れた声。
「レインか」
目の下には、
濃い隈。
以前の勇者の顔じゃない。
戦場から帰れなかった兵士の顔だった。
◇
「眠れてるか」
「……少しは」
嘘だった。
指先の震え。
瞳孔の開き。
幻覚反応。
全部出ている。
◇
「まだ聞こえるんだ」
ザインが小さく言う。
「夜になると」
「死んだ奴らの声が」
視線が空を泳ぐ。
そこには、
もう誰もいない。
なのに。
ザインには見えている。
◇
「遠征の時、
補給が切れただろ」
ザインが笑う。
乾いた笑い。
「皆、
俺を見てた」
「勇者なら何とかするって」
「でも俺、
腹減った兵士一人救えなかった」
◇
沈黙。
長い沈黙。
◇
「戦えるのか」
レインが聞く。
ザインは答えなかった。
代わりに。
腰の聖剣へ触れる。
その手が、
震えていた。
◇
「……立つことはできる」
それが答えだった。
戦えない。
でも。
立たされる。
◇
遠くから、
また歓声が聞こえる。
「勇者様ー!!」
「王国の希望!!」
ザインは目を閉じた。
苦しそうに。
本当に苦しそうに。
◇
レインは理解する。
今の勇者は、
人間じゃない。
“役割”だ。
希望を失わせないための。
国家の象徴。
展示物。
だから壊れても、
終われない。
◇
「……レイン」
ザインが小さく言った。
「俺、
まだ勇者に見えるか」
レインは、
すぐに答えられなかった。




