第四十話 腐敗の防壁
改革案提出から、
三日が過ぎた。
何も変わらなかった。
◇
王都レグナリア
西部配給所。
今日も列が続いている。
痩せた母親。
虚ろな老人。
泣き疲れた子供。
配給量は少ない。
パン半分。
薄い粥。
それで終わり。
◇
「次!!」
怒鳴る役人。
押し合う人々。
倒れる老人。
誰も助ける余裕がない。
◇
レイン・ヴァルト
は、
その様子を無言で見ていた。
数字通りだった。
配給不足。
輸送停滞。
人員欠損。
全部、
予測値と一致している。
だからこそ、
余計に腹が立つ。
改善可能なのに、
止まっている。
◇
「顧問殿」
後ろから、
若い官僚が小声で話しかける。
「改革案ですが……」
「通らないか」
官僚は苦い顔で頷いた。
◇
「貴族院が反発しています」
「理由は」
「備蓄開放による資産価値低下」
「……なるほど」
レインは短く返した。
つまり。
穀物価格を維持したい。
市場支配を守りたい。
だから流さない。
人が飢えても。
◇
「それだけじゃありません」
官僚は声を落とす。
「各省庁も、
統合輸送網に反対しています」
「責任範囲が曖昧になるので」
「失敗時の責任所在が――」
「誰も責任を取りたくない」
「……はい」
◇
レインは目を閉じる。
理解してしまった。
この国は、
もう機能単位で動いていない。
保身単位で動いている。
◇
軍は軍の倉庫を守る。
貴族は貴族の備蓄を守る。
官僚は自分の席を守る。
誰も。
“全体”を見ていない。
◇
「失礼します」
官僚は頭を下げ去っていく。
その背中すら、
疲弊していた。
現場側は、
もう分かっている。
崩れると。
だが。
上が認めない。
◇
午後。
王城グランエル
行政棟。
レインは再び会議へ呼ばれていた。
◇
「顧問殿の提案は急進的すぎる」
「地方貴族との軋轢を生む」
「市場への悪影響も考慮すべきだ」
「軍機情報保全の問題も――」
また同じ話だった。
◇
レインは、
机上の書類を見る。
死亡者数。
配給不足率。
街道損耗。
全部、
悪化している。
議論している時間すら、
もう危険域だった。
◇
「では質問します」
レインが口を開く。
部屋が静まる。
「皆さんは、
どの時点で動くつもりなんです」
「……何?」
「餓死者が倍になった時ですか」
「暴動が広がった時ですか」
「王都機能が止まった時ですか」
空気が冷える。
◇
「危機を煽るな」
軍務卿が低く言う。
「現場確認に基づく分析です」
「分析で国家は動かん」
その一言だった。
◇
レインは、
そこで理解する。
ああ。
駄目なんだ。
この場所は。
◇
彼らにとって重要なのは。
正しいかじゃない。
維持できるか。
面子を守れるか。
責任を避けられるか。
それだけ。
◇
「効率だけを求めれば、
国家は壊れる」
老官僚が言う。
「民は感情で動く」
「貴族は権威で動く」
「軍は命令で動く」
「全てを合理化などできん」
◇
レインは、
静かに答える。
「合理化しないと死にます」
「だから若い」
一蹴だった。
◇
会議終了。
また何も決まらない。
また先送り。
また検討。
◇
夜。
レインは王都下層区を歩いていた。
雨が降っている。
泥。
悪臭。
路地裏。
配給を貰えなかった人間達が、
壁際に座り込んでいる。
◇
その時。
怒鳴り声。
「返せ!!」
パン屋前で、
兵士と市民が揉み合っていた。
空腹の男が、
パンを掴んで逃げようとしている。
殴られる。
蹴られる。
それでも男は叫ぶ。
「子供がいるんだ!!」
◇
周囲は見ているだけ。
止めない。
止める余裕がない。
◇
レインは、
静かにパン代を置いた。
男へパンを渡す。
兵士は文句を言いかけたが。
レインの顔を見て、
黙った。
◇
男は泣きながら頭を下げ、
路地へ消えていく。
その背中を見送りながら。
レインは、
小さく呟いた。
「……効率では、
政治は動かない」
それは理解だった。
そして同時に。
絶望の始まりでもあった。




