第三十九話 補給改革案
会議室は暖かかった。
外では、
配給列が凍えているというのに。
◇
王城グランエル
中央政務棟。
第二会議室。
長机を囲むのは、
王国中枢だった。
貴族。
軍務官。
財務官僚。
神殿関係者。
全員、
高価な服を着ている。
全員、
腹が減っていない顔をしていた。
◇
「それでは、
国家緊急補給顧問殿」
司会官僚が言う。
「現状分析を」
視線が集まる。
レイン・ヴァルト
は、
机上へ書類を置いた。
帳簿。
配給記録。
輸送損耗表。
王都全域在庫一覧。
たった二日で、
全部調べ上げていた。
◇
「結論から言います」
レインは淡々と言った。
「現状の王都は、
三週間以内に配給維持不能になります」
空気が止まる。
◇
「……根拠は?」
財務官が聞く。
「食料在庫推移です」
紙を広げる。
「現在、
王都全体の穀物保有量は足りています」
「ですが」
指先が数字をなぞる。
「貴族備蓄、
軍備蓄、
神殿備蓄、
商会備蓄が完全分断されています」
「結果、
末端配給が死んでいる」
◇
「そこで提案します」
レインは迷いなく続けた。
「全物資の国家一括管理」
ざわめき。
「貴族倉庫の統合」
さらに空気が変わる。
「軍民統合輸送網の再編」
「配給優先順位の全面見直し」
「在庫情報の中央一元化」
会議室が静まり返った。
◇
最初に笑ったのは、
太った侯爵だった。
「……は?」
乾いた笑い。
「つまり何だね」
「我々の備蓄を、
国が接収すると?」
「統合管理が必要です」
レインは即答する。
「今のままでは、
配給線が維持できません」
◇
「馬鹿げている!!」
机を叩く音。
「それは貴族権限への侵害だ!!」
「各家の備蓄は各家の責任で――」
「その結果、
平民区が飢えています」
レインの声は静かだった。
だが。
部屋の温度が下がる。
◇
「平民など多少減っても――」
言いかけた男を、
別の官僚が慌てて止める。
しかし。
もう遅い。
レインは、
その言葉を聞いていた。
正確に。
◇
「……減る?」
小さな声。
「人員損耗率は既に危険域です」
「港湾労働者」
「街道整備人員」
「荷役人夫」
「配給管理者」
「全部、
平民です」
「減れば物流そのものが止まる」
◇
「だからこそ、
統制が必要なんです」
レインは、
地図を机へ広げた。
赤線。
青線。
補給路。
停滞地点。
壊死している物流網が、
一目で分かる。
◇
「今の王都は、
各組織が勝手に物資を抱えている」
「そのせいで、
全体最適が死んでいます」
「必要なのは」
指が中央を示す。
「統合です」
◇
沈黙。
だが。
賛同ではない。
警戒だった。
◇
「……危険だな」
老貴族が呟く。
「何がです」
「物流を統合するということは、
流通を握るということだ」
鋭い視線。
「つまり、
国家権力そのものを握るのと同義だ」
◇
レインは一瞬だけ、
理解が遅れた。
自分は。
人を生かす話をしている。
だが彼らは。
権力の話をしていた。
◇
「それは統治権の剥奪だ」
軍務卿が低く言う。
「各貴族領の自治権を壊す気か?」
「軍補給を民間と混ぜるなど論外」
「国家機密が漏れる」
「商会が反発するぞ」
「前例が無い」
次々飛ぶ反対。
◇
レインは、
静かに全員を見た。
誰一人。
飢えている人間の話をしていない。
誰一人。
死者数を聞かない。
全員。
権限。
責任。
面子。
それだけだった。
◇
「……確認します」
レインが言う。
「皆さんは」
「このままでも維持できると?」
誰も即答しない。
できない。
現実は、
既に崩れ始めている。
◇
だが。
認めることもできない。
認めた瞬間。
自分達の失敗になるから。
◇
「改革案は預からせてもらう」
宰相補佐官が、
ようやく口を開く。
「慎重な検討が必要だ」
つまり。
止める。
そういう意味だった。
◇
会議終了。
貴族達が席を立つ。
誰もレインを見ない。
面倒なものを見る顔だった。
◇
レインは、
机上の地図を静かに畳む。
そこで初めて理解する。
王都最大の問題は、
飢餓じゃない。
物流でもない。
政治だ。
この国は。
壊れかけているのに。
誰も、
壊れる前提で動けない。




