第三十八話 王都の空腹
王都が見えた。
王都レグナリア
。
白亜の城壁。
巨大な尖塔。
聖堂群。
遠目に見れば、
相変わらず美しい。
まるで。
何も壊れていない国みたいだった。
◇
だが。
城門をくぐった瞬間、
臭いが変わる。
腐臭。
汗。
淀んだ空気。
そして。
空腹の臭い。
◇
中央通り。
人が並んでいた。
長い列。
どこまでも続く列。
配給待ちだった。
「今日こそ回ってくるよな……」
「昨日は途中で終わったぞ……」
「子供が三日食ってねぇんだ……」
掠れた声。
痩せた顔。
骨の浮いた手。
◇
レインは馬車窓から、
黙って見ていた。
レイン・ヴァルト
は、
人間を見る時。
まず顔を見ない。
足を見る。
歩き方を見る。
荷物を見る。
服を見る。
それで大体分かる。
どれくらい食えているか。
どれくらい寝ているか。
どれくらい限界か。
そして今。
王都民の多くが、
限界直前だった。
◇
「……配給制です」
向かいの官僚が説明する。
「戦時統制の影響で」
レインは聞き返さない。
必要な情報は、
既に見えていた。
問題は配給制そのものじゃない。
配給量。
輸送速度。
配布地点。
全部歪んでいる。
◇
馬車が進む。
平民区。
露店は減っていた。
空き家が増えている。
スラムは拡大。
帰還兵達が壁際に座り込んでいる。
酒瓶。
包帯。
虚ろな目。
戦争が終わってない顔だった。
◇
その一方で。
貴族街へ入った瞬間。
景色が変わる。
石畳は綺麗。
香水の匂い。
庭園。
豪華な馬車。
笑い声。
別世界。
◇
ある屋敷前で、
使用人達が木箱を運んでいた。
小麦。
塩漬け肉。
果実酒。
大量。
腐るほど。
◇
「……止めろ」
レインが言う。
馬車が止まる。
官僚が困惑する。
「どうされました」
レインは、
屋敷前を見ていた。
「倉庫を見せろ」
◇
数分後。
貴族倉庫。
扉が開く。
中を見た瞬間、
レインは無言になった。
積み上がる穀物袋。
保存肉。
乾燥野菜。
酒。
薬品。
灯油。
大量。
多すぎる。
◇
「これは貴族院備蓄です」
倉庫管理人が説明する。
「緊急時用に」
レインは床を見る。
粉塵。
湿気。
保管状態が悪い。
つまり。
使っていない。
備蓄だけして、
流していない。
◇
「平民区の配給量は」
「現在、
規定の六割ほどで――」
「餓死者は」
管理人が黙る。
答えなくても分かる。
出ている。
既に。
◇
レインは、
倉庫内を歩く。
手で穀物袋を押す。
硬い。
古い。
長期停滞在庫。
つまり。
流通が死んでいる。
◇
「……違うな」
小さく呟く。
「え?」
官僚が聞き返す。
レインは、
静かに倉庫を見回した。
「物流不足じゃない」
「これは、
配分の問題だ」
◇
王都には食料がある。
輸送力もある。
倉庫もある。
街道もまだ残っている。
なのに。
人が飢えている。
理由は一つ。
流していないから。
◇
貴族は抱え込む。
官僚は責任を避ける。
軍は優先供給を要求する。
結果。
末端が死ぬ。
それが今の王都だった。
◇
レインは理解する。
この国は。
物流が壊れているんじゃない。
もっと根本。
“分配構造”そのものが腐っている。
◇
倉庫を出た時。
遠くで悲鳴が聞こえた。
「盗人だ!!」
平民の少年が、
パンを抱えて走っていた。
追う衛兵。
石を投げる群衆。
少年は転ぶ。
パンが泥に落ちる。
それでも。
少年は泣きながら、
泥だらけのパンを抱き締めた。
◇
レインは、
その光景を見ていた。
静かに。
そして。
ほとんど確信する。
もう王都は、
飢餓寸前じゃない。
既に、
崩壊が始まっている。




