第三十七話 王都召還
春の朝だった。
自由都市群ドラクエラ
中央街道には、
今日も馬車列が並んでいる。
荷車。
商隊。
護衛。
呼び声。
灰色の旗。
都市は、
朝から動いていた。
◇
「北便出発するぞ!!」
「第三倉庫空けろー!!」
「港側荷下ろし急げ!!」
灰燕運送ギルド
本部も、
相変わらず騒がしい。
帳簿の山。
地図。
荷札。
人の流れ。
だが以前と違う。
混乱ではない。
機能している騒がしさだった。
◇
ノア
が荷箱を抱えて走る。
「レイン!!
南便の帳簿これでいいか!?」
レイン・ヴァルト
は、
机の書類を見ながら頷く。
「第五積載量が違う」
「うげっ」
「やり直し」
「またかよぉ……」
周囲から笑いが起きる。
◇
その時だった。
外がざわつく。
「……なんだ?」
イヴァン
が窓を見る。
中央通り。
一台の豪奢な馬車が止まっていた。
白銀装飾。
王国紋章。
レグナス王国
中央政務院直属車両。
空気が変わる。
◇
「また王都か……」
ラッカ
が露骨に顔をしかめる。
周囲も、
歓迎していない。
当然だった。
今さら何をしに来た。
皆そう思っている。
◇
扉が開く。
降りてきたのは、
黒衣の官僚だった。
以前の使者よりさらに上位。
護衛騎士まで連れている。
そのまま真っ直ぐ、
レインの前へ来た。
「レイン・ヴァルト殿」
硬い声。
「国王陛下勅命です」
周囲が静まる。
◇
羊皮紙が広げられる。
「貴殿を、
国家緊急補給顧問として任命する」
「速やかに王都へ出頭されたし」
形式だけは丁寧だった。
だが。
実質は命令。
拒否権など存在しない。
◇
沈黙。
倉庫内空気が重い。
最初に口を開いたのは、
イヴァンだった。
「断れねぇのか」
官僚が答える。
「国家非常事態ですので」
つまり、
強制だった。
◇
「非常事態、ねぇ……」
ラッカが吐き捨てる。
「今まで散々放っといて?」
官僚の眉が僅かに動く。
だが反論はしない。
できない。
事実だからだ。
◇
レインは、
羊皮紙を見ていた。
国家緊急補給顧問。
立派な肩書き。
だが。
中身は分かる。
火消しだ。
しかも。
末期の。
◇
「……今さら」
小さく呟く。
官僚が顔を上げる。
「何か」
「いや」
レインは静かに書類を閉じた。
頭の中では、
既に計算が始まっている。
今の王都。
崩壊寸前。
だから、
自分が呼ばれた。
逆に言えば。
“もう他に手がない”。
◇
「行くの?」
ノアが不安そうに聞く。
まだ幼い声。
だが。
捨てられる不安を、
隠しきれていない。
レインは少し沈黙した。
「……仕事だ」
「戻ってくるよな」
即答できなかった。
◇
夕方。
灰燕本部屋上。
春風が吹いている。
都市が見えた。
市場。
荷車。
煙。
往来。
人の流れ。
生きている都市。
◇
「嫌な予感してんだろ」
後ろから、
イヴァンが来る。
酒瓶片手。
レインは否定しない。
「今さら俺を呼ぶ理由は一つだ」
「中央が終わりかけてる」
「だろうな」
イヴァンは苦く笑う。
◇
「行く必要あるのか?」
珍しく真面目な声だった。
レインは街を見る。
ここには、
帰ってくる人間がいる。
生き延びた街がある。
でも。
王都にも、
まだ人はいる。
飢える人間が。
壊れる兵士が。
見捨てれば、
死ぬ。
◇
「……放ってはおけない」
イヴァンは深く息を吐く。
「そう言うと思ったよ」
◇
翌朝。
出発の日。
城門前には、
思った以上に人が集まっていた。
孤児達。
帰還兵。
商人。
灰燕職員。
診療所の人間までいる。
◇
「ちゃんと帰ってこいよ!!」
「死ぬなー!!」
「仕事溜めんなよ!!」
騒がしい。
本当に騒がしい。
でも。
第一部とは違った。
あの頃は。
誰にも見送られなかった。
◇
レインは、
少しだけ目を細める。
帰る場所がある。
それだけで、
こんなにも違うのかと思った。
◇
馬車へ乗り込む。
扉が閉まる。
動き出す。
窓越しに、
ドラクエラの街が遠ざかっていく。
そして。
レインは静かに思う。
今さら自分を呼ぶ理由。
それはきっと。
王国が、
もう限界だからだった。




