第三十六話 王都からの使者
春。
自由都市群ドラクエラ
は、
止まらなくなっていた。
◇
中央街道。
馬車列が続く。
商隊。
移民。
傭兵。
難民。
職人。
全部が、
ドラクエラへ流れ込んでくる。
「西便通過!!」
「第三倉庫空けろ!!」
「北区積荷確認!!」
怒号。
車輪音。
荷運び。
灰色の旗。
都市そのものが、
巨大な物流機械みたいに動いていた。
◇
灰燕運送ギルド
本部。
「南連邦から定期契約です!」
「帝国商会も中継申請!」
「海路接続案も来てる!!」
ラッカ
は、
もはや半泣きだった。
「仕事多すぎるってぇぇぇ!!」
だが顔は笑っている。
誰も想像していなかった。
辺境だったこの街が。
大陸物流中心地へ、
変わり始めているなんて。
◇
「全部、
灰燕経由だな」
イヴァン
が地図を見る。
新街道。
中継拠点。
護衛網。
配給路。
全部、
一本に繋がっている。
そして中心には、
レインがいた。
◇
同時に。
各国も動き始めていた。
「ドラクエラを押さえろ」
「物流を握った都市が勝つ」
「灰燕と関係構築を」
戦争時代。
兵站を握る者が、
世界を握る。
その現実を、
各国は理解し始めている。
◇
そして。
王都も。
◇
その日。
灰燕本部へ、
豪奢な馬車が止まった。
王国紋章。
周囲がざわつく。
「王都……?」
「なんで辺境に……」
扉が開く。
降りてきたのは、
痩せた官僚だった。
レグナス王国
中央政務院所属。
だが。
服は高級なのに、
顔色が悪い。
疲弊している。
◇
応接室。
レインは静かに座っていた。
レイン・ヴァルト
の前。
王都官僚が、
深く頭を下げる。
「……本日は、
お願いがあり参りました」
周囲が息を呑む。
王都の官僚が。
辺境ギルドへ頭を下げている。
◇
「王国物流網は現在、
崩壊状態です」
官僚は淡々と語った。
「前線補給断絶」
「街道維持不能」
「輸送隊消失」
さらに。
「勇者パーティは、
既に実戦機能を失っています」
空気が重くなる。
ついに。
王都側も認めた。
勇者神話の崩壊を。
◇
「……ザインは」
レインが聞く。
官僚は少し沈黙した。
ザイン
。
かつて世界の希望だった男。
「療養中です」
短い答え。
それだけで十分だった。
◇
「率直に申し上げます」
官僚が真っ直ぐ言う。
「あなたが必要です」
部屋が静まる。
「王国は、
あなたを失ったことで崩れ始めました」
正直すぎる言葉だった。
「補給」
「維持」
「管理」
「調整」
「勇者パーティを支えていたのは、
あなただった」
レインは何も言わない。
◇
「どうか、
王都へ戻っていただきたい」
深く頭を下げる官僚。
かつて、
雑用係として追放された男へ。
王国が頭を下げている。
◇
沈黙。
長い沈黙。
レインは、
すぐには答えなかった。
窓外を見る。
馬車。
市場。
人の流れ。
この街。
◇
「……少し、
考えます」
それだけ言った。
官僚は、
安堵とも絶望ともつかない顔で頷いた。
◇
夜。
城壁上。
春風が吹いている。
レインは、
都市を見下ろしていた。
煙。
市場。
往来。
馬車列。
酒場の灯り。
子供達の笑い声。
帰ってくる商隊。
帰ってくる兵士。
帰ってくる人々。
第一部の頃には、
無かった光景だった。
◇
思い出す。
勇者パーティ時代。
自分は、
ただ維持していた。
壊れないように。
死なないように。
帰れるように。
でも。
あの場所には、
居場所が無かった。
◇
今は違う。
ここには。
人が戻ってくる。
疲れた兵士も。
孤児も。
壊れた治癒士も。
獣人も。
皆。
生きて帰ってくる。
◇
その時。
下から声が聞こえた。
「レイーン!!」
ノアだった。
ノア
が城壁下で手を振っている。
「飯冷めるぞー!!」
さらに。
「早く来い!!」
ラッカ。
「今日は飲むぞ!!」
イヴァン。
「ちゃんと食べてくださいね!」
ミレナ。
騒がしい。
本当に騒がしい。
でも。
レインは、
少しだけ笑った。
◇
そして。
ようやく理解する。
自分が作りたかったものを。
勇者じゃない。
英雄でもない。
ただ。
人が生きて帰れる場所。
それだけだったのだと。




