第四十六話 敵の不在
吹雪が止んだ朝。
野営地は、
静かだった。
静かすぎた。
◇
雪の上に、
人が倒れている。
動かない。
兵士。
荷運び人夫。
馬。
全部、
白く埋もれていた。
◇
レイン・ヴァルト
は、
崩れた補給車を見下ろしていた。
積荷は空。
いや。
最初から空だったのかもしれない。
途中で奪われた。
捨てられた。
食われた。
もう誰にも分からない。
◇
遠くで、
誰かが咳き込む。
血混じりの咳。
軍医は足りない。
薬もない。
食料もない。
つまり。
回復手段が存在しない。
◇
「……敵襲は?」
レインが聞く。
見張り兵が首を振った。
「ありません」
「魔族影は」
「見てません」
◇
奇妙だった。
戦場なのに。
敵がいない。
◇
ザイン
率いる遠征軍は、
既に壊滅寸前。
なのに。
魔王軍との大規模戦闘は、
ほとんど起きていない。
剣を交える前に。
軍そのものが、
死に始めていた。
◇
昼。
本営天幕。
軍議。
だが。
地図を囲む顔に、
もう戦意は無い。
あるのは空腹だけだった。
◇
「第三隊、
消滅」
「第四隊、
連絡断絶」
「輸送馬全滅」
「保存食尽きました」
報告だけが積み上がる。
敵軍位置より。
食料残量の方が重要になっていた。
◇
「……魔王軍は動いているのか」
誰かが聞く。
返答。
「確認できません」
沈黙。
◇
レインは、
そこで理解する。
いや。
ずっと前から分かっていた。
◇
戦争は。
剣で決まらない。
勇者でも決まらない。
どれだけ強い兵士がいても。
食料が届かなければ終わる。
つまり。
戦争の本質は、
物流だ。
◇
敵軍は、
それを知っている。
だから戦わない。
街道を潰す。
橋を壊す。
輸送隊を狙う。
魔法燃料庫を焼く。
それだけで。
勝手に軍が死んでいく。
◇
「……俺達、
負けたのか?」
若い兵士が呟く。
誰も答えない。
勝敗という言葉すら、
もう曖昧だった。
◇
戦っていない。
前線も見えていない。
なのに。
仲間が減る。
荷物が消える。
配給が減る。
それだけで、
軍は壊れていく。
◇
夕方。
補給基地裏。
兵士達が、
雪を掘っていた。
埋めるためだ。
死体を。
◇
「名前は?」
レインが聞く。
兵士は首を振る。
「分かりません」
「名札も無くて」
誰なのかも分からない。
ただ。
死んだ。
それだけ。
◇
レインは、
空を見る。
灰色。
終わりの見えない空。
◇
「勇者様なら勝てる」
誰かが昔言っていた。
でも現実は違う。
勇者がいても。
食料は湧かない。
荷車は動かない。
凍死は止まらない。
◇
維持できない軍は、
必ず死ぬ。
それが戦争だった。
◇
夜。
見張り塔。
遠くの闇に、
小さな火が見える。
敵陣かもしれない。
でも。
誰ももう、
そこへ辿り着けない。
◇
兵士の一人が、
力なく笑った。
「なぁ……」
「俺達、
本当に戦争してたのか?」
◇
その問いに。
レインは、
答えられなかった。




