第四話 運ぶ仕事
辺境都市
自由都市群ドラクエラ
は、騒がしかった。
王都とは違う。
あちらが“飾られた喧騒”なら、
こちらは“生きるための騒音”だった。
「道開けろ!」
「第五倉庫満杯だ!」
「馬車止めるな馬鹿!!」
怒鳴り声。
荷車の軋み。
鉄槌の音。
煤煙。
街全体が巨大な作業場みたいだった。
道端では、
片腕の男が荷運びをしている。
獣人の子供が縄を引き、
老婆が乾燥肉を売っている。
疲れた顔ばかりだった。
だが、
誰も止まっていない。
(……生きてるな)
レインはそう思った。
王都より、
よほど。
◇
「灰燕運送ギルド?」
露店の老人が眉をひそめる。
「あぁ……まぁ仕事はあるだろうな」
「評判は?」
「死にゃしねぇ程度にはマシ」
なんとも言えない答えだった。
老人は煙草草を吹かしながら続ける。
「ただし忙しいぞ。あそこは今、人が足りてねぇ」
「どこもそうじゃないのか」
「特にな」
老人が街道側を見る。
「最近、輸送中の死人が増えてる」
魔物。
野盗。
飢餓。
この世界では、
物流路そのものが戦場だった。
◇
灰燕運送ギルド
は、街の外れにあった。
第一印象。
ボロい。
壁は煤け、
看板は半分割れている。
窓ガラスにはヒビ。
荷車は積み上がり、
馬は疲れ切っていた。
入口近くでは、
獣人の青年と髭面の男が怒鳴り合っている。
「だから荷が足りねぇって言ってんだろ!!」
「足りるわけねぇだろ馬鹿!! 三人死んだんだぞ!!」
空気が悪い。
余裕がない。
それでも。
ギルドの出入りは止まらない。
誰かが運ばなければ、
街が死ぬからだ。
レインは扉を開けた。
中は更に酷かった。
書類の山。
怒鳴り声。
酒臭さ。
疲労。
受付台では、
茶髪の女性が高速で帳簿を捌いている。
ミレナ
だった。
「次! 依頼書出して!」
「違う違うそっちじゃなくて赤印!!」
「誰よ第三倉庫開けっぱなしにしたの!!」
一人で戦場みたいな仕事量を処理している。
レインは少し眺めたあと、
静かに口を開いた。
「求人を見た」
「今忙しい!」
「急ぎじゃない」
「全部急ぎなの!」
即答だった。
だがミレナは、
レインの顔を見て少し止まる。
地味。
武装も普通。
傭兵には見えない。
「……運送希望?」
「なんでも」
「戦える?」
「最低限」
「御者経験は?」
「ある」
「護衛は?」
「ある」
「野営は?」
「できる」
ミレナの眉が少し動く。
「……雑用?」
「むしろそっちが本職だ」
「変な人ね」
心底そう思った顔だった。
「ギルド長呼ぶから待ってて」
◇
数分後。
奥部屋。
酒と煙草の匂い。
椅子へ座っていた中年男が、
レインを見上げる。
ダグラス
。
太った男だった。
商人風。
愛想の良い笑み。
だが目だけ鋭い。
「まぁ座れ」
レインは椅子へ座る。
ダグラスは書類を眺める。
「レイン・ヴァルト、二十四。前職……空欄?」
「色々やってた」
「便利な言葉だなぁ」
ダグラスは笑う。
だが視線は観察していた。
服の擦れ。
靴底。
手。
(軍上がりか)
しかも実戦経験長い。
荷物の持ち方にも癖がある。
「で」
ダグラスが椅子へ深く座る。
「できることは?」
普通の質問だった。
普通なら。
だがレインは少し考えてから、
真面目な顔で答えた。
「だいたい全部」
沈黙。
ダグラスが瞬きをする。
そして吹き出した。
「ははっ! なんだそりゃ!」
久しぶりに笑った感じだった。
「若いの、その言い方は詐欺師か酔っ払いだぞ」
「そうかもしれない」
「ちなみに具体的には?」
「御者。野営。補給管理。地図作成。魔物避け。装備修理。薬品管理。炊事。応急処置。結界設営。物流記録。荷重計算。街道確認。あと多少の戦闘」
ダグラスの笑顔が、
少しずつ消えていく。
「……は?」
「あと冬季輸送経験がある」
「どこで?」
「北方戦線」
空気が変わった。
ダグラスの目が細くなる。
北方戦線。
そこは、
経験者の生存率が異常に低い地獄だった。
「お前……何者だ?」
「運び屋だ」
レインは淡々と答える。
冗談を言っている顔ではなかった。
ダグラスはしばらく黙る。
そして。
「ミレナァ!!」
怒鳴った。
扉が開く。
「なによ!」
「こいつ逃がすな」
「は?」
「今すぐ契約書持ってこい」
ミレナが怪訝そうにレインを見る。
「……そんな凄い人?」
ダグラスは真顔だった。
「いや」
一拍置いて。
「凄いどころじゃねぇ」
その視線は、
レインの手元へ向いていた。
無意識に。
レインは部屋に入ってからずっと、
崩れかけた帳簿の束を整理していた。
紐の緩みを直し、
破損順へ積み替え、
必要書類を分けている。
誰にも言われていない。
癖みたいに。
ダグラスは理解していた。
こういう人間は、
戦場で一番死なせちゃいけない。




