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世界を救ったのは勇者ではなく補給だった  作者: 南蛇井


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第五話 帰ってくる方法

「新人ぃ?」


 


 露骨に嫌そうな声だった。


 


 荷車脇で縄を引いていた狐獣人の少女が、

じろりと

レイン・ヴァルト

を見る。


 


 

ラッカ


 


 金髪。


 狐耳。


 小柄。


 そして目付きが悪い。


 


「死ぬなら荷物になる前に死んでよね」


 


「縁起でもねぇこと言うな」


 


 横から呆れた声。


 


 片腕の男が荷箱へ腰掛けていた。


 


 

イヴァン


 


 古傷だらけの元兵士。


 右腕は肘から先が義手になっている。


 


「新人脅してどうすんだ」


 


「だって現実じゃん」


 


「まぁ否定はしねぇが」


 


 二人とも慣れていた。


 


 人が死ぬことに。


 


 辺境では珍しくない。


 


     ◇


 


 初任務。


 


 短距離輸送護衛。


 


 内容は単純。


 


 ドラクエラ外縁倉庫から、

中継集落まで薬品と保存食を運ぶ。


 


 距離は半日。


 


 本来なら初心者向け。


 


 ただし。


 


「最近この辺、魔物増えてんだよなぁ」


 


 イヴァンが地図を見る。


 


「街道沿いに巣でもできたか?」


 


「かもね」


 


 ラッカは気軽に言う。


 


 だが警戒感は薄い。


 


 レインは二人を見ていた。


 


 歩き方。


 荷の積み方。


 武器位置。


 


(経験不足)


 


 実戦回数はある。


 だが、

“生き残る側”の経験が浅い。


 


 辺境では、

戦えるだけじゃ足りない。


 


 帰ってこなければ意味がない。


 


     ◇


 


 昼過ぎ。


 


 街道を進む。


 


 空は曇り。


 風が強い。


 


 レインは時々立ち止まり、

周囲を見ていた。


 


「……何見てんの?」


 


 ラッカが聞く。


 


「風向き」


 


「は?」


 


「臭いが流れる」


 


 ラッカは意味が分からない顔をした。


 


 レインは続ける。


 


「焚火の煙。

人間の臭い。

血の臭い。

全部流れる」


 


「……魔物ってそんな分かるの?」


 


「種類による」


 


 そう言って、

レインは地面を見た。


 


 泥の窪み。


 


 足跡。


 


 狼型。


 数は多い。


 


 新しい。


 


(近いな)


 


     ◇


 


 夕方。


 


「ここで野営するか」


 


 イヴァンが開けた平地を見る。


 


 川近く。


 広い。


 見通し良好。


 


 悪くない場所に見えた。


 


 普通なら。


 


「駄目だ」


 


 レインが言う。


 


「は?」


 


「風下になる」


 


「だから?」


 


「臭いが森へ流れる」


 


 沈黙。


 


 ラッカが半笑いになる。


 


「いやいや、そんなの気にしてたらキリなくない?」


 


「ある」


 


「え?」


 


「死ぬ時は、そういうので死ぬ」


 


 声色が変わらない。


 


 だから逆に、

冗談に聞こえなかった。


 


 イヴァンは少しだけ考える。


 


 この男。


 


 変だ。


 


 だが。


 


 経験者特有の空気がある。


 


「……で、どこにする」


 


 レインは少し歩き、

崖下の窪地を指差した。


 


「風が逃げる。焚火の光も見えにくい」


 


「見通し悪いぞ」


 


「その代わり匂いが散る」


 


 イヴァンは迷った。


 


 だが最終的に肩を竦める。


 


「新人教育ってことで従っとくか」


 


     ◇


 


 夜。


 


 野営地。


 


 焚火は小さい。


 


「暗っ」


 


 ラッカが不満そうに言う。


 


「火ぃ増やそうよ」


 


「駄目だ」


 


 レインは即答。


 


「なんでさ」


 


「光が遠くまで見える」


 


「でも寒い」


 


「毛布追加する」


 


「うわぁ雑」


 


 レインは答えない。


 


 代わりに見張り順を決めていく。


 


「最初は俺。次イヴァン。最後ラッカ」


 


「えー、最後やだ」


 


「朝前が一番危険だ」


 


「だから嫌なんだけど!?」


 


 レインは地図を広げる。


 


 風向き。


 街道位置。


 森。


 


 常に頭の中で、

逃走経路を組んでいた。


 


     ◇


 


 深夜。


 


 イヴァンが目を覚ます。


 


 交代時間だった。


 


「……ん」


 


 身体を起こす。


 


 そして気づく。


 


 レインがまだ起きていた。


 


 焚火のそば。


 


 座ったまま、

耳を澄ませている。


 


「おい、もう交代だぞ」


 


「分かってる」


 


「なら寝ろ」


 


「少し待て」


 


 イヴァンは眉をひそめる。


 


「なんだよ」


 


「静かすぎる」


 


「は?」


 


 その瞬間。


 


 遠く。


 


 森側から、

低い唸り声が聞こえた。


 


 イヴァンの顔色が変わる。


 


「……魔狼か」


 


 数も多い。


 


 だが。


 


 群れはそのまま、

別方向へ流れていった。


 


 こちらへ来ない。


 


 風下だから。


 


 臭いが届かなかった。


 


 イヴァンはゆっくりレインを見る。


 


「……お前」


 


「寝ろ」


 


「いや待て」


 


「明日も動く」


 


 レインは平然としていた。


 


 まるで当然みたいに。


 


     ◇


 


 翌朝。


 


 輸送隊は無事、

中継集落へ到着した。


 


 死人なし。


 負傷なし。


 荷損失なし。


 


 辺境では、

それだけで快挙だった。


 


「いや待て待て待て」


 


 ラッカが荷車を降りながら騒ぐ。


 


「なんで分かったの!? あの魔物!」


 


「風向き」


 


「意味分かんない!」


 


 イヴァンも腕を組む。


 


「お前、本当に運び屋か?」


 


「そうだ」


 


「兵士じゃなくて?」


 


「運び屋だ」


 


 レインは荷物を確認しながら答える。


 


 薬品箱。


 破損なし。


 


 縄の緩みを直す。


 


「普通です」


 


 その一言で済ませる。


 


 ラッカとイヴァンは顔を見合わせた。


 


 普通じゃない。


 


 少なくとも、

辺境で長く生き残ってきた二人には分かる。


 


 この男。


 


 “帰ってくる方法”を知っている。

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