第三十四話 冬を運ぶ
灰燕南倉庫炎上から、
三日後。
自由都市群ドラクエラ
は、
限界へ達していた。
配給量減少。
燃料不足。
凍死者発生。
ついに、
北区では餓死者まで出始める。
◇
「もう持ちません……」
灰燕会議室。
ミレナ
の声は掠れていた。
「診療所、
流動食切れます」
「北区燃料庫も空だ」
イヴァン
が地図を見る。
赤印だらけ。
全部不足。
全部限界。
◇
だが。
レイン・ヴァルト
だけは、
まだ地図を見続けていた。
吹雪。
崩落。
魔物領域。
封鎖線。
その中を、
何度も指で辿る。
そして。
「……ここだ」
全員が顔を上げる。
◇
古代飛竜空路。
帝国時代に使われていた、
山岳補給線。
現在は廃棄。
理由は単純。
危険すぎるから。
暴風。
断崖。
氷雪魔物。
普通なら、
誰も使わない。
だが。
「今は他が全部死んでる」
レインは静かに言った。
「ここしかない」
◇
「……成功率は?」
ラッカが聞く。
ラッカ
の顔も強張っていた。
レインは少し沈黙する。
「低い」
正直だった。
「輸送隊半壊の可能性あり」
空気が重くなる。
「でも、
成功すれば都市は生きる」
失敗すれば終わり。
つまり。
都市全体の賭けだった。
◇
翌朝。
灰燕は、
都市へ告知を出した。
『大規模緊急輸送隊編成』
『人員募集』
『生存物資確保作戦』
最初、
人々はざわついた。
「こんな時に外出るのか!?」
「自殺だろ……」
「無理だ……」
当然だった。
今の外界は地獄だ。
◇
だが。
昼過ぎ。
最初に現れたのは、
帰還兵達だった。
「護衛ならやる」
イヴァンの旧知。
傷だらけの元兵士達。
次に。
「馬車出します」
小商人。
「倉庫整理手伝う!」
孤児達。
「炊き出しやるよ!」
市場の老婆。
少しずつ。
本当に少しずつ。
人が集まり始める。
◇
「……なんで」
ノアが呟く。
ノア
には不思議だった。
皆、
怖いはずだ。
死ぬかもしれない。
なのに来る。
その時。
隣のラッカが笑った。
「灰燕だからじゃない?」
「?」
「ここ、
色んな奴助けてきたから」
難民。
孤児。
帰還兵。
獣人。
商人。
全部。
少しずつ繋いできた。
だから今。
街が、
灰燕へ返している。
◇
夕方。
中央広場。
大量の馬車が並ぶ。
護衛。
荷運び。
整備班。
炊事班。
治療班。
今まで見たこともない規模だった。
もはや一ギルドじゃない。
都市全体の輸送隊。
◇
「すげぇ……」
ノアが息を呑む。
灰色の旗が、
吹雪の中で揺れている。
灰燕の紋章。
今までは、
ただの運送旗だった。
でも今は違う。
あの旗が動くと、
人が生きる。
皆、
そう知っている。
◇
レインは、
馬車列を見渡していた。
数百人。
大量物資。
過去最大規模。
失敗すれば、
都市ごと終わる。
責任は重い。
だが。
もう一人じゃない。
◇
「準備完了!!」
「護衛隊配置終了!!」
「積載確認!!」
声が飛び交う。
吹雪の中。
人々が動く。
必死に。
生きるために。
◇
その時。
広場奥から、
誰かが叫んだ。
「灰燕を通せ!!」
続いて。
「道開けろ!!」
「冬を運ぶんだ!!」
歓声が上がる。
最初は小さかった。
でも。
少しずつ広がる。
「灰燕!!」
「灰燕!!」
「灰燕!!」
雪の都市に、
声が響く。
◇
ノアは呆然と見ていた。
昔の自分なら、
絶対信じない。
誰かのために、
こんなに人が動くなんて。
でも今。
目の前で、
本当に起きている。
◇
レインは、
ゆっくり馬車へ乗る。
吹雪の空を見る。
白い。
冷たい。
死の世界。
だが。
その中へ、
灰色の列が進み始めた。
食料を。
燃料を。
命を。
冬の向こうへ運ぶために。




