第三十三話 燃える倉庫
火事だ。
その叫びが、
夜の
自由都市群ドラクエラ
を裂いた。
◇
灰燕南倉庫。
最初は小さな火だった。
だが。
冬の乾燥。
木造建築。
油布。
積み上がった梱包材。
一瞬で燃え広がる。
「水持ってこい!!」
「扉開けろ!!」
「中にまだ人いるぞ!!」
怒号。
悲鳴。
夜空が赤い。
灰燕運送ギルド
最大倉庫の一つが、
炎に包まれていた。
◇
ラッカ
が駆け込んでくる。
「放火だ!!」
息を切らして叫ぶ。
「裏口で油壺見つかった!!」
空気が凍る。
事故じゃない。
誰かがやった。
◇
「備蓄狙いか……!」
イヴァン
が歯噛みする。
今、
灰燕は都市の命綱。
つまり同時に。
憎悪の的でもある。
「灰燕が独占してる」
「食料隠してる」
「俺達を支配してる」
そういう噂も、
既に広がっていた。
◇
「帳簿は!?」
レインの声。
レイン・ヴァルト
は即座に倉庫二階を見る。
管理室。
そこには。
全物流記録。
備蓄量。
配給先。
輸送路。
全部ある。
灰燕の脳そのものだった。
◇
「まだ中です!!」
誰かが叫ぶ。
その瞬間。
レインが動こうとする。
だが。
横を、
小さな影が飛び出した。
「ノア!?」
ノア
だった。
迷いなく炎へ突っ込む。
「おい待て!!」
イヴァンの怒声。
だが止まらない。
◇
熱い。
息が苦しい。
煙で視界が潰れる。
でも。
ノアは知っていた。
帳簿が何かを。
あれはただの紙じゃない。
配給先。
残量。
街道。
全部。
あれが消えたら、
都市が死ぬ。
◇
二階階段。
既に半分燃えている。
木が軋む。
火の粉。
煙。
涙が止まらない。
でもノアは走る。
◇
管理室。
炎が壁を舐めていた。
「くそっ……!」
帳簿棚へ飛びつく。
重い。
多すぎる。
全部は無理。
ノアは歯を食いしばる。
重要帳簿だけ抜き取る。
備蓄記録。
輸送表。
契約一覧。
レインが毎晩見ていたやつ。
◇
その瞬間。
天井が崩れた。
轟音。
火柱。
「――っ!!」
熱風が身体を吹き飛ばす。
腕が焼ける。
痛い。
怖い。
でも。
帳簿だけは離さない。
◇
外。
「ノア!!」
ラッカが叫ぶ。
倉庫二階が崩れ始めていた。
「駄目だ!!」
「もう落ちる!!」
誰もが絶望する。
その時。
二階窓が割れた。
黒煙の中から、
小さな影が飛び出す。
◇
落下。
衝撃。
泥。
咳。
帳簿。
ノアは、
燃えた紙束を抱えたまま倒れていた。
「ノア!!」
ラッカ達が駆け寄る。
腕が火傷している。
呼吸も乱れている。
でも。
ノアは、
帳簿を離していなかった。
◇
レインがしゃがみ込む。
ノアは、
苦しそうに息をしながら言った。
「……持ってきた」
煤だらけの顔。
震える指。
「必要なんだろ……これ」
レインは、
焼け焦げた帳簿を見る。
生き残った記録。
都市を繋ぐ数字。
そして。
目の前の少年を見る。
◇
「馬鹿か」
低い声。
ノアが少し怯える。
「死んだら意味ない」
怒っていた。
でも。
その声は、
少し震えていた。
◇
ノアは小さく笑う。
「でも……」
咳。
「字、
読めるようになったから」
息を切らしながら、
続ける。
「大事なの、
分かった」
レインは何も言わない。
代わりに。
焼けた毛布を剥ぎ、
ノアを抱え上げた。
「ミレナ!!
治療だ!!」
ミレナ
が駆け寄る。
周囲はまだ混乱している。
火も消えていない。
でも。
少なくとも。
灰燕の心臓は、
燃え残った。
少年が守ったからだ。




