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世界を救ったのは勇者ではなく補給だった  作者: 南蛇井


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第三十二話 最後の備蓄

 配給制開始。


 


 その張り紙が、

朝には都市中へ貼られていた。


 


『全食料を管理配給へ移行する』


 


『私的備蓄の無断隠匿を禁止』


 


『違反時は物資没収』


 


 

自由都市群ドラクエラ

は、

完全な非常事態へ入った。


 


     ◇


 


 市場から、

商品が消える。


 


 空棚。


 


 閉店。


 


 怒鳴り声。


 


「パンは!?」

「もう無いのか!?」

「ふざけんな!!」


 


 商人達も限界だった。


 


 街道停止から数日。


 


 物流は完全死。


 


 入ってこない以上、

減るだけ。


 


 当然だった。


 


     ◇


 


 

灰燕運送ギルド

中央倉庫。


 


 長蛇の列。


 


 難民。


 


 老人。


 


 母親。


 


 子供。


 


 全員、

小さな配給袋を握り締めている。


 


「次!!」


 


 

ラッカ

が声を張り上げる。


 


 疲労で喉が潰れかけていた。


 


「一人分です!!

押さない!!」


 


 だが列は荒れていく。


 


 皆、

怖いのだ。


 


 明日、

食える保証がない。


 


     ◇


 


「少なすぎる!!」


 


 男が怒鳴る。


 


「これだけで生きろってのか!?」


 


「全員同量です!」


 


「ガキがいるんだぞ!!」


 


 空気が険悪になる。


 


 周囲もざわつく。


 


 限界が近い。


 


 人間は、

飢えると壊れる。


 


     ◇


 


 倉庫奥。


 


 レインは帳簿を見ていた。


 


 

レイン・ヴァルト

の顔色も悪い。


 


 睡眠不足。


 


 連続計算。


 


 物資調整。


 


 数字が、

どんどん減っていく。


 


 小麦残量。


 


 乾燥肉。


 


 薬草。


 


 全部。


 


 終わりへ向かっている。


 


     ◇


 


「現在備蓄、

あと九日」


 


 

ミレナ

が報告する。


 


 部屋が静まる。


 


「重症患者向け流動食、

五日」


 


「燃料」


 


「北区は三日限界」


 


 最悪だった。


 


     ◇


 


「空路は」


 


 

イヴァン

が聞く。


 


 レインは首を振った。


 


「吹雪強化」


 


「飛べねぇか……」


 


 沈黙。


 


 誰も言わない。


 


 でも皆、

分かっている。


 


 このままなら。


 


 都市は死ぬ。


 


     ◇


 


 午後。


 


 ついに暴動が起きた。


 


 南区配給所。


 


「隠してんだろ!!」


 


 男達が倉庫扉を叩く。


 


「貴族向けに回してんじゃねぇ!!」


 


「俺達にも寄越せ!!」


 


 石が飛ぶ。


 


 窓が割れる。


 


 悲鳴。


 


 配給員達が後退する。


 


     ◇


 


「まずい……!」


 


 ラッカが青ざめる。


 


 群衆は止まらない。


 


 飢えた集団は、

もう理性で動かない。


 


 その時。


 


 前へ出た影があった。


 


 レインだった。


 


     ◇


 


「静かにしろ」


 


 大声ではない。


 


 だが。


 


 不思議と広場が静まった。


 


 群衆の視線が集まる。


 


「備蓄は隠してない」


 


 レインは言う。


 


「今配れば、

三日で終わる」


 


「嘘だ!!」


 


「本当だ」


 


 即答。


 


「帳簿を見せる」


 


 ざわめき。


 


 普通、

備蓄量なんて公開しない。


 


 だがレインは、

帳簿を広げた。


 


     ◇


 


「現在量」

「消費量」

「残日数」


 


 全部書かれている。


 


 現実だった。


 


 誤魔化しのない数字。


 


 それを見た瞬間。


 


 群衆の怒りが、

恐怖へ変わる。


 


「……九日?」


 


「そんなに少ねぇのか……」


 


「終わりじゃねぇか……」


 


 絶望が広がる。


 


     ◇


 


 レインは、

静かに言った。


 


「だから管理する」


 


 誰も喋らない。


 


「奪い合えば、

全員死ぬ」


 


 その言葉は重かった。


 


 皆、

薄々分かっている。


 


 ここで暴走すれば、

本当に終わる。


 


     ◇


 


 沈黙の中。


 


 小さな声が響く。


 


「……信じるしかねぇか」


 


 老人だった。


 


 その一言が、

空気を少し変える。


 


 怒号が減る。


 


 拳が下がる。


 


 完全ではない。


 


 でも。


 


 暴動寸前だった空気が、

ギリギリで止まった。


 


     ◇


 


 夜。


 


 倉庫屋上。


 


 レインは、

吹雪の空を見ていた。


 


 白い。


 


 何も見えない。


 


 街道も。


 


 空路も。


 


 全部閉ざされている。


 


 その後ろから、

ノアが来た。


 


 

ノア

は小さなパンを持っている。


 


「……食え」


 


 半分に割られた黒パン。


 


 レインは少し驚いた顔をした。


 


「お前の分だろ」


 


「半分なら平気」


 


 ノアはそっぽを向く。


 


「死なれると困るし」


 


 どこかで聞いた台詞だった。


 


 レインは、

少しだけ笑った。


 


 本当に少しだけ。

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