表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
世界を救ったのは勇者ではなく補給だった  作者: 南蛇井


この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

27/120

第二十七話 字を読む理由

 ノアは、

字が読めなかった。


 


 いや。


 


 正確には、

読む必要がなかった。


 


 生きるのに必要なのは、

逃げる速さ。


 


 隠れる場所。


 


 殴られる前に察する勘。


 


 それだけだった。


 


     ◇


 


「違う」


 


 低い声。


 


 灰燕倉庫二階。


 


 

灰燕運送ギルド

の事務室で、

ノアは机へ突っ伏していた。


 


「なんでこんなの覚えんだよ……」


 


 机上には紙。


 


 数字。


 


 商品名。


 


 配送記録。


 


 

ノア

は完全に顔が死んでいた。


 


     ◇


 


「これは?」


 


 

レイン・ヴァルト

が帳簿を指す。


 


「……小麦」


 


「数は」


 


「三十……二?」


 


「違う。

二十三」


 


「うげぇ……」


 


 ノアが頭を抱える。


 


 その様子を見て、

ラッカが吹き出した。


 


 

ラッカ

は荷箱を抱えながら笑う。


 


「ノア、

戦場より辛そう」


 


「戦場知らねぇよ!!」


 


「帳簿戦争だねぇ」


 


 他の作業員達も笑っていた。


 


     ◇


 


 だが。


 


 レインだけは真面目だった。


 


「覚えろ」


 


「なんでだよ……」


 


 ノアは不満そうに言う。


 


「荷運びならできる」

「掃除もやってる」

「字なんかいらねぇだろ」


 


 その瞬間。


 


 レインの手が、

一枚の紙を机へ置いた。


 


 配送票だった。


 


「これ読めないと、

薬品と毒草間違える」


 


 ノアが黙る。


 


「地図読めないと、

吹雪で死ぬ」


 


 さらに別の紙。


 


「契約書読めないと、

騙される」


 


 静かな声だった。


 


「知識は生存だ」


 


     ◇


 


 ノアは、

少しだけ目を見開いた。


 


 生存。


 


 その言葉だけは、

理解できる。


 


 毎日考えていたことだから。


 


     ◇


 


「……レインは、

なんでそんな色々知ってんだ」


 


 ぽつりと聞く。


 


 レインは帳簿を書きながら答えた。


 


「必要だったから」


 


「勇者って、

字の勉強とかすんの?」


 


「勇者じゃない」


 


 即答。


 


「雑用係だ」


 


 ノアは首を傾げる。


 


 未だに、

この男がよく分からない。


 


 強いわけでもない。


 


 派手な魔法もない。


 


 でも。


 


 みんな、

この人の言うことを聞く。


 


     ◇


 


 数日後。


 


 ノアは倉庫整理をしていた。


 


「北行き薬品箱っと……」


 


 手が止まる。


 


 箱の印字を見る。


 


 読めた。


 


 一瞬。


 


 ノアは固まる。


 


「……読めた」


 


 小さく呟く。


 


 その時。


 


「そっちは第三便だ」


 


 後ろからレインが言った。


 


 ノアが振り返る。


 


「なんで分かった?」


 


「票の右下」


 


 見る。


 


 確かに書いてある。


 


 今まで、

意味不明だった記号。


 


 でも今は、

少し読める。


 


     ◇


 


 夕方。


 


 ノアは地図板の前にいた。


 


 街道線。


 


 中継地。


 


 距離。


 


 少しずつ、

分かるようになってきた。


 


「これ、

全部繋がってんのか……」


 


 感嘆みたいな声。


 


 今まで世界は、

路地裏しかなかった。


 


 食える場所。


 


 逃げる場所。


 


 殴られない場所。


 


 それだけ。


 


 でも地図には、

もっと先がある。


 


 街。


 


 村。


 


 街道。


 


 知らない場所。


 


     ◇


 


「見えるか」


 


 レインが隣へ立つ。


 


 ノアは地図を見たまま、

小さく頷いた。


 


「……遠いな」


 


「遠い」


 


「こんなに世界あんのか」


 


「ある」


 


 短い会話。


 


 だが。


 


 ノアの胸は、

少しだけ熱くなっていた。


 


     ◇


 


 夜。


 


 簡易寝台。


 


 ノアは、

紙切れを握っていた。


 


 今日覚えた文字。


 


 北。


 


 東。


 


 塩。


 


 薬。


 


 下手くそな字。


 


 でも。


 


 それは初めて、

自分で掴んだものだった。


 


 そして。


 


 ぼんやり考える。


 


 もし。


 


 もっと読めたら。


 


 もっと覚えたら。


 


 自分は、

路地裏以外でも生きられるんじゃないか。


 


 そんなことを思った。


 


 初めてだった。


 


 “明日”より先を考えたのは。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ