第二十五話 運ばれてくる命
最初は、
荷車の下だった。
積荷確認中。
ラッカ
が、
妙な音に気づく。
「……ん?」
木箱の隙間。
そこから、
小さな手が見えていた。
「うわっ!?」
布を捲る。
痩せた子供が、
丸まっている。
十歳くらい。
顔は泥だらけ。
目だけが異様に鋭い。
「またか……」
イヴァン
が眉を寄せた。
自由都市群ドラクエラ
では最近、
こういう子供が増えていた。
孤児。
冬。
戦争。
飢餓。
全部が重なった結果だった。
◇
「親は?」
ラッカが聞く。
子供は答えない。
睨むだけ。
逃げる隙を探している目だった。
「名前は?」
沈黙。
「……飯食うか?」
その瞬間だけ、
目が揺れた。
◇
灰燕ギルド食堂。
子供は、
パンを凄まじい勢いで食べていた。
噛んでない。
飲み込んでいる。
「ゆっくり食べろ」
イヴァンが言う。
だが止まらない。
途中でむせる。
それでも食う。
飢えていた。
長い間。
◇
「最近多いんだよ」
食堂隅。
ミレナが小声で言う。
ミレナ
は疲れた顔だった。
「診療所にも来る。
親いない子」
「引き取り先は?」
「無い」
静かな答え。
「教会も限界」
現実だった。
孤児は増え続ける。
だが食料は有限。
余裕のある家も少ない。
結果。
路地へ溢れる。
◇
その夜。
レインは、
市場裏を歩いていた。
レイン・ヴァルト
の視線の先。
壁際。
子供達が固まって眠っている。
寒さを凌ぐように。
小さな身体を寄せ合って。
誰も喋らない。
声を出す元気もない。
◇
その中の一人が、
レインを見た。
鋭い目。
獣耳。
痩せた身体。
警戒心。
他の子供と違う。
逃げる準備をしている目だった。
後の
ノア
である。
だがこの時は、
まだ名前も知らない。
◇
「……保護施設じゃ足りない」
翌朝。
ギルド屋上。
レインが言った。
「え?」
ラッカが首を傾げる。
「孤児院作るの?」
「違う」
レインは即答した。
「働く場所を作る」
イヴァンが目を細める。
「子供働かせんのか?」
「今も働いてる」
レインは淡々と言った。
「盗み」
「物乞い」
「死体漁り」
空気が重くなる。
それが現実だった。
放置された孤児は、
生きるために何でもやる。
そして大抵、
長くは生きられない。
◇
「だから、
生存技能を教える」
レインは紙を広げる。
そこには、
奇妙な計画が書かれていた。
『輸送孤児院計画』
ラッカが読み上げる。
「読み書き」
「会計」
「地図」
「荷運び」
「修理技術……」
「全部、
生きるのに必要だ」
レインは言う。
「保護だけじゃ、
また飢える」
必要なのは。
生き残る力。
◇
数日後。
灰燕倉庫横。
古い建物が改装されていた。
机。
簡易寝台。
工具棚。
地図板。
学校みたいで。
工房みたいで。
倉庫みたいな場所。
普通の孤児院ではない。
“生きる技術”を教える場所。
◇
「おいガキ共!!」
イヴァンが怒鳴る。
子供達が跳ねる。
「荷運び舐めんな!!
腰壊すぞ!!」
隣ではラッカが、
文字を教えていた。
「これが『北』ね」
「きた?」
「方角!」
混沌としていた。
だが。
少しずつ、
笑い声も増えていく。
◇
その日の夕方。
倉庫裏。
誰かが食料箱を盗もうとしていた。
素早い動き。
獣人特有の身軽さ。
だが。
「そこまでだ」
低い声。
少年が止まる。
レインだった。
鋭い目。
痩せた身体。
獣耳。
昨日見た子供。
少年は睨み返す。
逃げる気満々だった。
「……返せ」
レインが言う。
少年は無言。
だが次の瞬間。
パンを抱えて走った。
「うおっ!?」
ラッカが驚く。
速い。
しかし。
レインは追わない。
ただ。
去っていく背中を見ながら、
静かに呟いた。
「……痩せすぎだ」
その言葉だけだった。
後に。
その少年が、
灰燕の未来を変えていくことになる。




