第二十四話 灰燕護衛網
最初の死体は、
街道脇で見つかった。
若い商人だった。
荷車は壊され。
積荷は奪われ。
喉を裂かれている。
旧西部街道
。
冬越え以降、
人の流れは戻り始めていた。
だが同時に。
野盗も増えた。
魔物も増えた。
混乱した世界では、
物流路が最初に狙われる。
◇
「軍は?」
ラッカ
が聞く。
荷車横。
イヴァン
は死体へ布を掛けながら答えた。
「王国軍は前線再編で手一杯だ」
「辺境放置?」
「いつものことだ」
苦い声だった。
国は、
魔王軍との戦争を優先する。
当然だ。
だが。
日常は守られない。
商隊。
村。
難民。
そういう小さい命は、
後回しになる。
◇
その夜。
灰燕運送ギルド
会議室。
机上には地図。
赤印が大量に付いている。
「全部襲撃地点だ」
イヴァンが言う。
部屋の空気が重い。
「多すぎる……」
ミレナ
が呟く。
「街道戻ってきた分、
狙われてる」
レインは静かに地図を見ていた。
レイン・ヴァルト
の指が、
街道線をなぞる。
「単発護衛じゃ足りない」
「……だろうな」
イヴァンも理解していた。
今必要なのは、
その場限りの護衛じゃない。
継続的な安全。
街道全体を守る仕組み。
◇
「護衛網を作る」
レインが言った。
ラッカが首を傾げる。
「護衛網?」
「定期巡回」
「中継防衛」
「緊急信号」
「負傷者搬送」
一つずつ、
レインが並べる。
「街道を線じゃなく、
面で守る」
部屋が静まる。
それは。
ただの傭兵団じゃない。
小さな軍隊だった。
だが違う。
目的が。
侵略でも、
戦争でもない。
人を帰らせるための組織。
◇
「やるぞ」
イヴァンが低く言った。
その声には、
妙な熱があった。
◇
数日後。
灰燕前広場。
集まったのは、
大量の帰還兵達だった。
欠損。
古傷。
虚ろな目。
まともな仕事に就けない人間達。
だが。
戦うことだけは知っている。
◇
「まず言っとく」
イヴァンが前へ立つ。
「ここは捨て駒部隊じゃねぇ」
兵士達が顔を上げる。
「死ぬまで戦えとも言わねぇ」
静かな声。
「護るのは、
荷物だけじゃない」
地図を叩く。
「村だ」
「商人だ」
「難民だ」
さらに。
「帰る途中の奴らだ」
空気が変わる。
帰還兵達の目が、
少しだけ動く。
◇
護衛網構築は、
すぐ始まった。
旧街道各地へ、
小規模防衛拠点を配置。
狼煙台設置。
緊急鐘。
巡回時間固定。
さらに。
負傷者搬送馬車まで用意した。
普通の傭兵団なら、
そんなことはしない。
金にならないからだ。
だが。
レインは必要だと言った。
「死ぬと人が減る」
合理的すぎる理由。
けれど。
その合理性が、
人を生かしていた。
◇
初任務の日。
若い帰還兵が震えていた。
「……また失敗したら」
荷車横。
手が止まらない。
恐怖。
過去の戦場が、
まだ身体へ残っている。
すると。
イヴァンが隣へ座った。
「怖ぇか」
「……はい」
「正常だ」
若い兵士が驚く。
イヴァンは前を見たまま言う。
「怖くなくなった奴から死ぬ」
短い言葉。
だが不思議と、
少し呼吸が楽になる。
◇
夕方。
商隊が無事、
中継地へ到着する。
「着いたぞー!!」
歓声。
商人達が安堵する。
子供が泣きながら母親へ抱きつく。
何気ない光景。
だが。
今の世界では、
それが難しい。
無事帰れること自体が、
奇跡になっていた。
◇
夜。
見張り台。
イヴァンは焚火を見ていた。
遠くでは、
巡回隊の灯りが動いている。
街道が生きている。
人が行き来している。
その光景を見ながら。
イヴァンは小さく息を吐いた。
昔の自分は、
戦うことしか知らなかった。
殺すこと。
生き残ること。
それだけだった。
だが今は違う。
この仕事は。
誰かを、
帰らせる仕事だ。
◇
「……悪くねぇな」
誰にも聞こえない声。
イヴァンは、
少しだけ笑った。
ようやく。
本当に少しだけ。
自分にも居場所が出来た気がした。




