第二十三話 数字の戦争
値段が、
おかしかった。
自由都市群ドラクエラ
中央市場。
小麦袋の前で、
女が店主へ怒鳴っている。
「昨日の倍じゃないか!!」
「仕入れ値が上がってんだよ!!」
店主も怒鳴り返す。
周囲では、
似たような口論が続いていた。
塩。
干し肉。
薬草。
全部高い。
冬越え後、
物流は戻り始めている。
それなのに、
物価だけが異常に跳ねていた。
◇
「買い占めですね」
灰燕ギルド事務室。
ミレナ
が帳簿を見ながら言う。
「しかも複数商会」
ラッカ
が顔をしかめた。
「でも街道戻ってきてるのに?」
「だからだ」
レイン・ヴァルト
が淡々と答える。
「戻り始めた今が、
一番儲かる」
机上には、
大量の帳簿が並んでいた。
市場価格。
在庫量。
輸送速度。
商会別仕入れ記録。
普通の人間なら、
見るだけで頭が痛くなる。
だがレインは、
ページを捲る速度が異常だった。
◇
「……あ」
ラッカが声を漏らす。
「同じ商会が、
別区画で値段変えてる」
「意図的だ」
レインは即答した。
「供給不足を演出してる」
「えげつな……」
実際、
市場は不安定だった。
人々はまだ、
飢餓を恐れている。
だから少しでも値段が上がると、
買い溜めに走る。
さらに物不足。
さらに価格上昇。
悪循環。
そこへ商会が乗る。
意図的に。
◇
「……舐められてんな」
イヴァン
が低く言う。
レインは答えない。
ただ、
別帳簿を広げた。
「灰燕の現在在庫は」
「保存食二百七十」
「塩八十」
「薬草百二十束」
ミレナが即答する。
最近、
彼女も帳簿を読むようになっていた。
「十分だ」
レインは短く言った。
「価格調整を始める」
◇
三日後。
市場価格が急落した。
「なんだこれ!?」
「急に安いぞ!!」
市場が騒然となる。
理由は単純。
灰燕が、
大量放出した。
しかも。
適正価格で。
◇
「ふざけるな!!」
怒鳴り込んできたのは、
大商会《バルゼ商会》の男だった。
豪華な外套。
肥えた腹。
バルゼ商会
。
冬以前から、
辺境物流を握っていた既得権益商会。
「相場を壊す気か!?」
事務室へ怒声が響く。
だが。
レインは帳簿を書いたまま答えた。
「壊れてるのはそっちだ」
「何?」
「在庫を抱えすぎだ」
男の顔が変わる。
「西倉庫、
まだ満載だろ」
沈黙。
ラッカが目を丸くした。
「え、なんで分かるの……?」
「輸送量が不自然だった」
淡々としている。
だが。
商会男の額には汗が浮いていた。
◇
「市場を混乱させれば、
次の飢餓で死人が出る」
レインは静かに言う。
「だから潰す」
「貴様……!」
男が怒鳴る。
しかし。
その時、
後ろでイヴァンが立ち上がった。
重い音。
片腕の巨体。
空気が変わる。
「話終わりか?」
低い声。
商会男は顔を引き攣らせた。
◇
その夜。
灰燕はさらに動く。
配送再編。
不足区域優先供給。
中継倉庫分散。
価格固定。
輸送路時間統一。
レインは、
地図と帳簿だけで戦っていた。
剣も魔法も使わない。
だが。
都市の命運を左右する戦争だった。
◇
「……怖ぇな」
ラッカがぽつりと呟く。
事務室中央。
大量の数字を書き続けるレインを見る。
「何が?」
ミレナが聞く。
「この人、
数字だけで都市動かしてる」
冗談みたいな話。
だが現実だった。
食料。
薬。
燃料。
全部、
運ばれなければ意味がない。
つまり。
物流を握る者が、
都市を握る。
◇
深夜。
市場通り。
値札を書き換える店主達。
安堵する市民。
久しぶりに、
普通の値段でパンを買う母親。
少しずつ。
都市の呼吸が整い始めていた。
一方その頃。
潰された商会側では、
別の動きも始まっていた。
「……灰燕を放置するな」
暗い部屋。
誰かが低く呟く。
「辺境物流を、
あの男に握らせるな」




