第二十一話 壊れた聖女
診療所の廊下には、
人が溢れていた。
咳。
呻き声。
泣き声。
薬臭さと血の臭いが混ざっている。
自由都市群ドラクエラ
中央診療院。
今、
辺境で最も崩壊に近い場所だった。
◇
「次!!」
怒鳴る声。
治癒士達が走り回る。
凍傷。
感染症。
栄養失調。
冬を越えた反動が、
一気に来ていた。
患者数が多すぎる。
寝台が足りない。
薬も足りない。
人手はもっと足りない。
「魔力切れです!!」
「交代を――」
「次入れて!!」
悲鳴みたいな声が飛ぶ。
若い治癒士が、
その場へ倒れ込んだ。
魔力枯渇。
限界だった。
◇
だが。
その中心で。
一人だけ、
止まらない人間がいた。
セラフィナ
。
白衣は血で汚れ。
長い髪も乱れている。
目の下には濃い隈。
それでも。
彼女は笑っていた。
「はい、大丈夫ですよー」
子供へ治癒魔法をかける。
次。
「痛くないですからね」
老人の傷を閉じる。
また次。
また次。
止まらない。
いや。
止まれない。
◇
「……やばいな」
廊下で見ていたイヴァンが低く言う。
イヴァン
ですら、
顔をしかめていた。
「笑ってる」
ラッカ
が不安そうに呟く。
「でも目が笑ってない……」
空っぽだった。
疲労を超えた人間の顔。
感情が焼き切れ始めている。
◇
「次の患者は!?」
セラフィナが叫ぶ。
若い治癒士が震えながら答えた。
「もう無理です……!
魔力が……」
「じゃあ私がやります」
「聖女様、
休んでください!」
「大丈夫ですから」
笑顔。
だがその直後。
セラフィナが小さく咳き込む。
赤い血が、
白衣へ落ちた。
周囲が凍る。
それでも。
「はい次ー」
彼女は止まらない。
◇
夕方。
診療所へ、
レインが来ていた。
レイン・ヴァルト
は、
静かに院内を見る。
患者配置。
薬品在庫。
治療順。
動線。
一目で理解する。
崩壊寸前だった。
◇
「薬草庫どこだ」
突然の言葉。
治癒士達が振り向く。
「え?」
「在庫管理帳簿は」
「いや、今そんな――」
「あるのか無いのか」
圧があった。
若い治癒士が慌てて案内する。
◇
三十分後。
レインは机へ大量の紙を並べていた。
「重症患者を三区分する」
「……は?」
「即死危険群、
長期治療群、
軽症群」
周囲が困惑する。
レインは止まらない。
「軽症は巡回診療へ回せ」
「固定患者は北棟へ集約」
「薬品配送を日次化する」
「ちょ、待っ――」
「治癒士の移動が多すぎる」
机へ図を書き込む。
「動線が死んでる。
無駄魔力消費が多い」
皆、
呆然と見ていた。
戦っている。
この男。
診療所を相手に。
◇
「あと、
聖女を止めろ」
空気が止まる。
「無理です!!」
若い治癒士が叫ぶ。
「セラフィナ様、
聞いてくれなくて……!」
その時。
「聞こえてますよー?」
セラフィナが笑いながら現れた。
ふらついている。
明らかに危険だった。
「私なら大丈夫ですから」
笑顔。
だが。
レインは冷たく言った。
「大丈夫じゃない」
セラフィナの笑みが止まる。
「寝てないだろ」
「……」
「食ってない」
「忙しいんです」
「死ぬぞ」
その一言で。
空気が凍った。
◇
「みんな苦しいんです」
セラフィナが静かに言う。
「私だけ休めません」
「だから壊れてる」
レインは即答した。
「治療士が倒れたら、
次は誰が治す」
「……」
「お前一人で全部やるな」
セラフィナの肩が震える。
その言葉は、
ずっと欲しかった言葉だった。
誰も止めなかった。
聖女だから。
治せるから。
強いから。
だから、
壊れるまで使われた。
◇
深夜。
診療所は少し静かになっていた。
巡回診療制。
薬品定期配送。
重症度選別。
混乱していた流れが、
整理され始めている。
治癒士達も、
ようやく座れていた。
そして。
診療室奥。
セラフィナは椅子へ座ったまま、
眠っていた。
本当に、
久しぶりに。
魔導灯の下。
穏やかな寝顔だった。
レインは扉越しにそれを見る。
何も言わない。
ただ静かに。
毛布だけを掛けた。




