第二十話 帰る場所のない兵士
最初に増えたのは、
酔っ払いだった。
昼間から酒場に座り込み。
安酒を煽り。
怒鳴り。
時には殴り合う。
以前のドラクエラにも、
そういう連中はいた。
だが最近は違う。
数が異常だった。
◇
自由都市群ドラクエラ
西区画。
酒場《鉄屑亭》。
空気は最悪だった。
「だから俺は悪くねぇって言ってんだろ!!」
男が机を叩く。
軍用外套。
擦り切れた徽章。
元兵士だった。
「命令だったんだ!!」
酔った目。
震える手。
周囲の客達は距離を取っている。
最近、
こういう連中が急増していた。
前線崩壊。
部隊消滅。
王国撤退。
行き場を失った兵士達が、
辺境へ流れ込んでいる。
◇
「またか……」
イヴァン
が低く呟く。
酒場隅。
彼は黙って様子を見ていた。
片腕。
古傷。
その姿を見れば、
同じ側の人間だと分かる。
「最近多いね……」
ラッカ
が小声で言う。
「仕事ないんでしょ?」
「それだけじゃねぇ」
イヴァンは短く返した。
「帰れねぇんだよ」
◇
次の瞬間。
「うるせぇ!!」
酔兵士が椅子を蹴飛ばした。
悲鳴。
店主が怒鳴る。
「やめろ!!」
だが止まらない。
男の目は、
もう酒場を見ていなかった。
別の場所を見ている。
戦場。
炎。
死体。
そこから戻れていない。
「来るな!!」
男が拳を振るう。
客が吹き飛ぶ。
混乱。
イヴァンが立ち上がった。
◇
「おい」
低い声。
酔兵士が振り向く。
「……なんだよ」
「もう終わってる」
「は?」
「戦場じゃねぇ」
男の目が揺れる。
だが次の瞬間。
「うるせぇ!!」
殴りかかってきた。
イヴァンは避けない。
拳を受け止める。
片腕で。
鈍い音。
兵士が息を呑む。
「……お前」
「同じだ」
イヴァンは静かに言う。
「俺も帰還兵だ」
空気が変わる。
酔兵士の拳が震える。
「……帰れねぇよな」
掠れた声だった。
怒りじゃない。
壊れた声。
◇
夜。
酒場裏。
酔兵士は座り込み、
吐いていた。
イヴァンが水を渡す。
「……なんで生き残ったんだろうな」
男が呟く。
「仲間みんな死んだ」
「……」
「俺だけ逃げた」
イヴァンは何も言わない。
言える言葉がない。
その感覚を知っているからだ。
生き残った側の罪悪感。
終わったあとも、
終われない感覚。
「家族にも会えねぇ」
男が笑う。
乾いた笑い。
「まともな顔できねぇよ」
イヴァンは夜空を見る。
そして。
静かに言った。
「戦争終わっても」
男が顔を上げる。
「兵士は帰れねぇんだよ」
重い言葉だった。
実感だった。
◇
翌日。
灰燕運送ギルド
の事務室。
「護衛募集?」
ラッカが紙を見る。
「しかも大量」
机の向こうでは、
レインが帳簿を書いていた。
レイン・ヴァルト
は顔を上げずに答える。
「街道増える」
「いや、それは分かるけど……」
募集条件を見て、
ラッカが目を丸くした。
『帰還兵歓迎』
「本気?」
「戦える人材は必要だ」
「でも危なくない?」
普通なら雇わない。
酒癖。
暴力。
精神不安定。
問題だらけだ。
だが。
レインは淡々と言う。
「仕事が無い方が危ない」
イヴァンが小さく笑った。
「違いねぇ」
◇
数日後。
灰燕ギルド前には、
帰還兵達が並んでいた。
疲れた顔。
虚ろな目。
行き場のない人間達。
その前へ、
イヴァンが立つ。
「護衛は楽じゃねぇ」
静かな声。
「荷物守る。
街守る。
人守る」
兵士達が聞いている。
「でも」
イヴァンは少し間を置く。
「ここじゃ、
生きて帰るのが仕事だ」
沈黙。
誰かが顔を上げる。
その言葉は、
彼らがずっと欲しかったものだった。
死ぬためじゃない。
生きて帰るための場所。




