第十九話 灰燕の朝
朝だった。
久しぶりに、
煙が上がっている。
自由都市群ドラクエラ
の市場通り。
炊き出しの鍋。
焼かれる黒パン。
人の声。
生きている音が戻っていた。
◇
「灰燕だ!!」
「輸送隊が通るぞ!!」
歓声が上がる。
灰燕運送ギルド
の馬車隊が街道を進む。
以前とは違う。
人々の目が。
感謝。
尊敬。
安堵。
あの冬を越えられたのは、
灰燕のおかげ。
誰もがそう知っていた。
「ありがとう!!」
「助かった!!」
頭を下げる老婆。
子供達が手を振る。
ラッカは困ったように笑った。
ラッカ
は、
まだこういう扱いに慣れない。
「なんか変な感じ……」
「調子乗るなよ」
イヴァン
が言う。
だが彼の口元も、
少しだけ緩んでいた。
あの地獄を越えたのだ。
誇っていい。
本来なら。
◇
しかし。
レイン・ヴァルト
だけは、
街を別の目で見ていた。
市場裏。
痩せた子供達。
空の配給箱。
座り込む老人。
壁際で眠る失業者。
生き延びた。
だが。
壊れたものは多い。
◇
炊き出し場。
治療師が怒鳴っている。
「次!!」
「重症者優先!!」
列が長い。
栄養失調。
凍傷。
衰弱。
生還した人間達も、
完全には戻れていない。
飢餓は身体へ残る。
心にも残る。
◇
「パン一個だぞ!!」
「ふざけんな!!」
別区画では怒鳴り声。
配給争いだった。
警備兵が止めに入る。
だが皆、
余裕がない。
少し前まで、
本当に死にかけていた。
恐怖が消えていない。
◇
孤児も増えた。
冬で家族を失った子供達。
市場裏で固まっている。
誰も引き取れない。
食わせる余裕がないからだ。
ある少年は、
腐った芋を抱えて逃げていた。
別の少女は、
パン屋裏で震えている。
都市は生き残った。
だが、
傷だらけだった。
◇
「仕事くれ!!」
「なんでもやる!!」
ギルド前には、
失業者が並んでいた。
崩壊した商会。
潰れた工房。
解散した護衛隊。
戦争と冬で、
仕事が消えた。
人だけ余っている。
ダグラスが頭を抱える。
ダグラス
は、
普段より十歳老けて見えた。
「受けきれねぇ……」
「でも断けば治安悪化する」
イヴァンが低く返す。
「もう悪化してる」
実際。
夜盗。
窃盗。
暴行。
増えていた。
飢えた人間は、
簡単に壊れる。
◇
そんな中。
灰燕ギルドだけは、
英雄扱いだった。
酒場では、
既に噂話になっている。
「灰牙の森を越えたらしいぞ」
「正気じゃねぇ」
「でもあいつらが街を救った」
運搬員達は、
どこへ行っても奢られた。
護衛達も、
敬礼される。
だが。
レインだけは、
まるで浮かない。
◇
夕方。
ギルド屋上。
レインは街を見下ろしていた。
煙。
市場。
人の流れ。
一応、
都市は生きている。
そこへ、
イヴァンが来た。
「探したぞ」
「……何かあったか」
「逆だ」
イヴァンは隣へ立つ。
「お前、
少しは喜べ」
レインは答えない。
しばらく沈黙。
やがて。
「まだ終わってない」
静かな声だった。
「街は死にかけたままだ」
視線の先。
孤児達。
配給列。
崩れた建物。
「今回は生き延びただけだ」
イヴァンは黙る。
「一回、
死ななかっただけ」
レインは続ける。
「次を越えられる保証はない」
現実だった。
今回の生還は、
奇跡に近い。
もう一度同じ危機が来れば、
今度こそ都市は終わる。
だから。
必要なのは、
英雄じゃない。
偶然でもない。
生き残れる仕組みだ。
◇
夕陽が沈む。
その赤い光の中。
レインは静かに街を見ていた。
壊れた人々。
疲れた都市。
それでも。
まだ息をしている。
なら。
次は、
死なせない。
そのために、
やることは山ほどあった。




