第十八話 勇者
吹雪を抜けた時。
誰も、
すぐには声を出せなかった。
視界の先。
灰色の城壁が見える。
自由都市群ドラクエラ
だった。
「……見えた」
ラッカ
が掠れ声で呟く。
その場へ座り込みそうになる。
限界だった。
全員。
凍傷。
疲労。
睡眠不足。
荷車も半壊。
護衛も満身創痍。
それでも。
物資は残っている。
食料。
薬品。
燃料。
都市を生かすための荷だ。
◇
城門が開く。
最初に気づいたのは、
門番だった。
「……輸送隊?」
信じられない顔。
「帰ってきたぞ!!」
「灰燕だ!!」
声が広がる。
人が集まる。
飢えた顔。
疲れた顔。
だがその目に、
少しずつ光が戻っていく。
「食料だ……」
「本当に来た……」
「助かった……」
泣き出す女。
崩れ落ちる老人。
子供達が荷車へ駆け寄る。
都市が、
ぎりぎりで生き延びた瞬間だった。
◇
灰燕運送ギルド
は混乱していた。
「医者呼べ!!」
「荷下ろし急げ!!」
「保存庫開けろ!!」
怒鳴り声。
だがその空気は、
以前と違う。
絶望ではない。
生き延びた熱だった。
◇
レイン・ヴァルト
は、
診療室で目を覚ました。
身体が重い。
頭も痛い。
「……起きた?」
椅子へ座っていたミレナが、
安堵した顔をする。
ミレナ
の目には隈があった。
「三日寝てましたよ」
「……輸送は」
「成功しました」
その言葉で。
レインは静かに目を閉じる。
少しだけ、
息を吐いた。
ようやく。
本当に少しだけ。
肩の力が抜ける。
◇
夜。
ギルドは珍しく静かだった。
皆、
倒れるように眠っている。
その時。
入口扉が、
重く開いた。
風が吹き込む。
血の臭い。
「……誰だ!?」
警備員が振り向く。
次の瞬間、
空気が止まった。
ザイン
だった。
だが。
誰も、
すぐ勇者だと分からなかった。
鎧は砕け。
聖剣は半ばから折れている。
血。
泥。
片目は腫れ、
呼吸も乱れていた。
そして何より。
目。
英雄の目じゃなかった。
追い詰められた人間の目だった。
◇
「お、おい……」
「勇者……?」
周囲がざわつく。
ザインはふらつきながら歩く。
誰も止められない。
彼は真っ直ぐ、
診療室前まで来た。
そして。
そこに立っていたレインを見る。
沈黙。
長い沈黙。
レインも動かなかった。
かつて、
ずっと隣にいた男。
勇者。
追放した相手。
そのザインが今、
血塗れで立っている。
◇
ザインの唇が震える。
何か言おうとしている。
だが出ない。
誇り。
意地。
全部、
限界だった。
やがて。
ザインは、
ゆっくり膝をついた。
周囲が息を呑む。
勇者が。
王国英雄が。
頭を下げた。
「……助けてくれ、レイン」
掠れた声だった。
その一言へ、
全部詰まっていた。
後悔。
疲労。
崩壊。
そして。
ようやく理解した事実。
自分達が、
何を失ったのか。
◇
静まり返る診療室。
レインは、
何も言わなかった。
ただ。
目の前の勇者を見る。
かつて。
自分は、
不要なのだと思っていた。
雑用係。
替えの利く人間。
だから追放された。
そう思っていた。
だが違った。
必要だったのだ。
見えない場所で。
誰にも知られず。
確かに支えていた。
それを。
今ようやく、
理解できた。
けれど。
同時に。
もう戻れないことも分かっていた。
あの頃には。
勇者パーティには。
壊れすぎた。
失いすぎた。
皆、
変わってしまった。
◇
外では雪が降っている。
静かな夜だった。
レインは長く沈黙したあと。
ゆっくり、
ザインへ歩み寄った。
そして。
震える勇者の肩を、
静かに支えた。




