第十七話 帰ってこい
吹雪は止まなかった。
夜の旧街道。
風が、
布天幕を激しく叩いている。
焚火は弱い。
その小さな火を囲むように、
輸送隊は黙り込んでいた。
誰も余裕がない。
疲労。
寒さ。
恐怖。
そして。
中心にいる男が、
動かない。
◇
レイン・ヴァルト
は、
毛布へ包まれていた。
呼吸は浅い。
額は熱い。
意識は戻らない。
「……まだ駄目か」
イヴァン
が低く呟く。
横では、
若い治療士が必死に魔力治癒を続けていた。
ミレナ
。
彼女は唇を噛みながら、
レインの脈を確認する。
「高熱が下がりません……」
「凍傷は?」
「軽度です。
でも疲労が……」
そこで言葉が止まる。
疲労。
そんな簡単な言葉で、
片付けられる状態じゃなかった。
◇
「なんなんだよ、この身体……」
ミレナが小さく呟く。
筋肉は硬直。
睡眠不足。
栄養失調寸前。
古傷まで多い。
普通なら、
もっと前に倒れている。
「ずっと無理してたんですか……?」
返事はない。
当然だ。
眠ったままだから。
だが。
周囲は答えを知り始めていた。
◇
「見張り交代だ!!」
「荷車固定しろ!!」
「馬へ布かけろ!!」
夜営地では、
皆が慌ただしく動いていた。
今までは。
全部、
レインが指示していた。
誰より先に動き、
誰より先に気づき、
誰より先に対処していた。
だが今はいない。
だから全員でやるしかない。
「縄こっち!!」
「焚火弱いぞ!!」
「保存箱閉めろ!!」
混乱しながらも、
皆動いていた。
止まれば死ぬ。
それはもう、
理解している。
◇
ミレナは、
レインの荷袋を整理していた。
薬品。
工具。
補給帳簿。
細かく分類されている。
水消費量。
馬の体調。
食料減少率。
全部記録されていた。
「……何これ」
ページをめくる。
そこには、
隊員一人一人の状態まで書かれていた。
『ラッカ:
寒冷時に集中低下。
甘味携帯推奨』
『イヴァン:
古傷悪化傾向。
長時間歩行注意』
『ミレナ:
魔力消耗が早い。
休憩強制必要』
ミレナの手が止まる。
「……私のことまで」
その時。
近くで眠っていたラッカが、
小さく呟いた。
「……あの人、
ずっとこうだったよ」
耳を伏せたまま。
「気づいたら全部やってた」
ミレナは帳簿を見下ろす。
細かい字。
膨大な記録。
誰にも見えない場所で、
積み重ねられたもの。
そして。
彼女は震える声で言った。
「この人ずっと……」
言葉が詰まる。
胸が苦しい。
「一人で全員支えてたんだ……」
誰も否定しなかった。
できなかった。
皆、
ようやく見えてしまったからだ。
◇
翌朝。
吹雪は少し弱まっていた。
輸送隊は出発準備を始める。
「……どうする」
誰かが聞く。
レインはまだ動けない。
だが。
止まれば終わる。
イヴァンが荷車の前へ立つ。
深く息を吐く。
「進むぞ」
声は低い。
疲れている。
それでも。
「この人が繋いだ道だ」
周囲が静まる。
「ここで止めるわけにいかねぇ」
ラッカが頷く。
「……うん」
ミレナも立ち上がる。
「私、治療続けます」
皆、
疲弊していた。
怖かった。
だが。
今だけは、
誰も逃げなかった。
◇
出発直前。
イヴァンが、
眠るレインを見下ろす。
「聞こえてるか知らねぇけどな」
小さく呟く。
「勝手に全部背負ってんじゃねぇよ」
返事はない。
それでも。
イヴァンは荷車を押した。
雪道へ、
隊列が動き始める。
誰か一人じゃない。
今度は、
全員で運ぶために。




