第十六話 雪中行軍
出発の日。
空は灰色だった。
雪雲。
最悪の色だ。
灰燕運送ギルド
の中庭には、
大量の荷車が並んでいた。
食料。
薬品。
燃料。
都市を生かすための物資。
これが途切れれば、
ドラクエラは終わる。
だから。
行くしかない。
たとえその先が、
魔物領域でも。
◇
「……戻ってこれると思うか?」
ラッカ
が小さく聞く。
返事をしたのは、
イヴァンだった。
イヴァン
は荷車の縄を締めながら言う。
「考えるな」
「いや無理でしょ……」
「考えたら足止まる」
それは本音だった。
今回の輸送は異常だ。
旧街道。
廃道。
魔物領域。
軍ですら避ける場所。
誰も、
成功するとは思っていない。
それでも。
レイン・ヴァルト
は地図を見ていた。
出発前から、
ほとんど寝ていない。
目の下の隈が深い。
顔色も悪い。
だが本人だけが、
気づいていないみたいだった。
◇
旧街道は、
死んでいた。
石畳は崩れ。
道標は折れ。
雪に半分埋まっている。
「これ本当に道か……?」
誰かが呟く。
返事は、
吹雪に消えた。
風が強い。
荷車が軋む。
馬が怯えている。
視界は白。
前の人間すら、
ぼやけて見える。
「間隔詰めろ!!」
レインが叫ぶ。
「ロープ離すな!!」
声は掠れていた。
それでも、
止まらない。
◇
一日目。
吹雪。
二日目。
魔物襲撃。
三日目。
凍傷者発生。
地獄だった。
「左来るぞ!!」
イヴァンが剣を振るう。
雪狼。
白い毛皮が吹雪へ溶け込む。
気づいた時には近い。
牙。
悲鳴。
護衛が一人倒れる。
「引き上げろ!!」
「荷車守れ!!」
混乱。
雪の中では、
戦うだけで体力を奪われる。
呼吸が痛い。
指が動かない。
寒さは、
人間を少しずつ殺していく。
◇
夜営。
誰も喋らない。
疲れ切っていた。
焚火へ手をかざしても、
感覚が戻らない。
「……水」
誰かが呟く。
レインは立ち上がる。
「待ってろ」
「おい、お前休めって」
イヴァンが止める。
だがレインは動く。
雪を溶かし、
湯を作り、
見張り配置を確認し、
馬の状態を見る。
止まらない。
いや。
止まれない。
◇
深夜。
ラッカが目を覚ます。
吹雪の音。
焚火の前。
レインが座っている。
地図を見たまま、
微動だにしない。
「……レイン?」
返事がない。
ラッカが近づく。
そこで気づく。
呼吸が荒い。
肩が震えている。
「ちょ、待っ――」
その瞬間。
レインの身体が前へ崩れた。
「!!」
ラッカが慌てて支える。
異常な熱だった。
「イヴァン!!」
叫び声。
全員が飛び起きる。
「どうした!?」
「レインが!!」
イヴァンが駆け寄る。
レインの意識は朦朧としていた。
唇が青い。
呼吸も浅い。
「こいつ……」
イヴァンの顔が歪む。
分かっていた。
限界だったのだ。
ずっと前から。
高熱。
睡眠不足。
凍傷寸前。
なのに。
誰より動き続けていた。
◇
「水……補給表……」
レインが掠れ声で呟く。
意識が飛びかけながらも、
まだ仕事をしようとしていた。
「黙って寝ろ!!」
イヴァンが怒鳴る。
初めてだった。
こんな強い声を出したのは。
「見張り交代……」
「南側……風……」
「いいから寝ろ!!」
レインの視線が揺れる。
焦点が合っていない。
それでも。
「俺がやらないと……」
その言葉が、
場を静かにした。
誰もすぐ返せなかった。
この男は本気で、
そう思っている。
自分が止まれば、
誰か死ぬと。
だから壊れるまで動く。
いや。
壊れてもまだ、
動こうとしている。
◇
吹雪は続く。
夜は長い。
だが。
焚火の周りで、
皆の空気が変わっていた。
今までずっと。
レインが支えていた。
誰より働き。
誰より起きて。
誰より背負って。
それが、
初めて目に見えた。
倒れたことで。




