表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
世界を救ったのは勇者ではなく補給だった  作者: 南蛇井


この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

15/120

第十五話 生き残るための線

 事務室の空気は重かった。


 


 誰も喋らない。


 


 机の上には帳簿。


 


 赤字。


 欠損。


 不足。


 


 どこを見ても、

終わっている数字しかなかった。


 


 

灰燕運送ギルド

の倉庫在庫は、

既に限界へ近づいている。


 


 食料六日分。


 薬品四日分。


 燃料不足。


 


 輸送路は死んだ。


 


 主要街道は封鎖。


 橋梁崩落。


 魔王軍遊撃隊出現。


 


 通常輸送は不可能。


 


 つまり。


 


 

自由都市群ドラクエラ

は、

このままでは飢える。


 


     ◇


 


「……他のギルドは?」


 


 

ダグラス

が低く聞く。


 


「東風ギルドは撤退準備」

「赤狼商会は輸送停止」

「北区画じゃ略奪始まってます」


 


 報告役の男も顔色が悪い。


 


「もう駄目です……」


 


 誰かが呟く。


 


 否定できる人間はいなかった。


 


 空気が沈む。


 


 その時。


 


「……いや」


 


 静かな声。


 


 全員が振り向く。


 


 

レイン・ヴァルト

だった。


 


 部屋の隅。


 


 古い地図を広げている。


 


「まだ道はある」


 


     ◇


 


 机へ広げられたのは、

黄ばんだ羊皮紙だった。


 


 端が破れ、

文字も掠れている。


 


「なんだそれ」


 


 

イヴァン

が眉をひそめる。


 


「旧街道図」


 


「旧?」


 


「百年以上前の物流路」


 


 レインの指が、

山脈西側へ伸びる。


 


 細い一本線。


 


 今の地図には載っていない。


 


「ここ」


 


 部屋が静かになる。


 


「待て」


 


 ダグラスが目を細めた。


 


「そこ、“灰牙の森”じゃねぇか?」


 


 ラッカの耳が跳ねる。


 


 

ラッカ

の顔が青ざめた。


 


「嘘でしょ……」


 


 灰牙の森。


 


 辺境最悪級の危険地帯。


 


 魔物領域。


 


 軍ですら深入りしない。


 


 入れば戻らない。


 


 そう言われる場所だった。


 


     ◇


 


「正気かお前」


 


 別の運搬員が声を荒げる。


 


「そんなとこ通れるわけねぇだろ!!」


 


「自殺だ!!」

「輸送隊ごと消えるぞ!!」


 


 反対が一気に噴き出す。


 


 当然だった。


 


 普通なら却下。


 


 話にもならない。


 


 だが。


 


 レインは静かに言った。


 


「道自体は残ってる可能性が高い」


 


「可能性!?」


 


「旧帝国時代の石畳路だ。

雪でも埋まりにくい」


 


「だからって――」


 


「今の街道は全部死んでる」


 


 その一言で、

空気が止まる。


 


 事実だった。


 


 安全な道は、

もう無い。


 


     ◇


 


「成功率は」


 


 ダグラスが聞く。


 


 レインは少し考えた。


 


「低い」


 


 誰かが舌打ちする。


 


 だが。


 


「ただし、

今のままよりは高い」


 


 静かな声。


 


「このままだと、

街が先に死ぬ」


 


 反論できる者はいなかった。


 


 食料は減る。


 薬は尽きる。


 


 暴動は広がる。


 


 既に街は壊れ始めている。


 


 時間がない。


 


     ◇


 


「……他に方法ねぇのかよ」


 


 ラッカが絞り出す。


 


 レインは答える。


 


「あるなら俺もそっち使う」


 


 沈黙。


 


 誰も口を開けない。


 


 その時。


 


 椅子が軋んだ。


 


 イヴァンが立ち上がる。


 


 片腕を机へつき、

深く息を吐く。


 


 古傷が疼いていた。


 


 戦場の臭いがする。


 


 死地へ向かう前の空気。


 


 だが。


 


 彼は知っている。


 


 何もしなくても、

人は死ぬ。


 


「……それでも」


 


 低い声が響く。


 


「行くしかねぇ」


 


 全員が彼を見る。


 


 イヴァンは続けた。


 


「このまま座ってても終わりだ」


 


 静かだった。


 


 怒鳴りでもない。


 


 覚悟の声だった。


 


「だったら、

生き残れる方へ賭ける」


 


 長い沈黙。


 


 やがて。


 


 ダグラスが煙草を灰皿へ押し潰す。


 


「……灰燕輸送隊、

特別編成を開始する」


 


 決定だった。


 


 部屋の空気が変わる。


 


 恐怖は消えない。


 


 誰も安心していない。


 


 それでも。


 


 止まっている時間は、

もう無かった。


 


 生き残るための線は、

魔物領域の先にしか残っていなかった。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ