第十四話 飢える街
最初に消えたのは、
パンだった。
「……売り切れ?」
朝の市場。
主婦が呆然と立ち尽くす。
棚には何もない。
いつも山積みだった黒パンが、
一つも残っていなかった。
「昨日のうちに全部出たよ」
店主が疲れた顔で言う。
「次はいつ入るんだ!?」
「知らねぇよ!
こっちだって入荷来てねぇんだ!」
怒鳴り声。
周囲でも似たようなやり取りが起きている。
干し肉。
塩。
薬草。
何もかも足りない。
◇
原因は明白だった。
主要街道封鎖。
北街道壊滅。
東側橋梁崩落。
南補給路襲撃。
魔王軍遊撃隊と冬嵐が、
物流を叩き潰していた。
そして。
自由都市群ドラクエラ
は物流都市だ。
運ばれてこなければ、
都市そのものが死ぬ。
◇
灰燕運送ギルド
の事務室。
空気は最悪だった。
「在庫確認!!」
ダグラス
が怒鳴る。
「保存食七日分!」
「いや六日切ります!」
「薬品在庫三割以下!!」
「他ギルドは!?」
「輸送停止だそうです!」
舌打ち。
誰も顔色が良くない。
物流が止まる。
それはつまり。
街が飢えるということだ。
◇
三日後。
市場価格は倍になった。
更に翌日、
三倍。
人々の目つきが変わる。
「全部買っとけ!!」
「今のうちだ!!」
買い占め。
袋を抱え、
人々が走る。
余裕のある者は、
食料を倉庫へ隠した。
余裕のない者は、
奪われる側になった。
◇
夜。
南区画で暴動が起きた。
「食わせろ!!」
「隠してるんだろ!!」
群衆が商店へ押し寄せる。
窓ガラス破壊。
商品強奪。
悲鳴。
警備兵が駆け込む。
「下がれ!!」
「鎮圧しろ!!」
怒号。
殴打音。
誰かが倒れる。
子供が泣く。
辺境の秩序は薄い。
飢えれば、
簡単に壊れる。
◇
「また倉庫襲撃だ!」
灰燕ギルドにも報告が飛び込む。
「北側保存庫、
略奪未遂!!」
「怪我人は!?」
「警備が二人やられました!」
ダグラスが机を叩く。
「クソが……!」
皆、
疲弊していた。
街全体が、
少しずつ壊れていく。
◇
その中で。
レイン・ヴァルト
だけが静かだった。
事務室の隅。
地図を広げ、
何かを書き込んでいる。
「……レイン」
イヴァン
が声をかける。
「聞いてるか?
街かなりヤバいぞ」
「知ってる」
「なら――」
「まだ終わってない」
レインは地図から目を離さない。
その視線は、
古びた山岳地図へ向いていた。
普通なら使わない。
百年以上前の旧街道図。
消えた物流路。
誰も気にしない紙切れ。
だが。
レインだけは見ていた。
生き残れる可能性を。
◇
窓の外。
夜のドラクエラでは、
まだ怒鳴り声が響いている。
飢え。
恐怖。
焦燥。
都市が、
ゆっくり壊れていく音だった。




