第十三話 それでも運ぶ
雪が降っていた。
静かな雪だった。
レイン・ヴァルト
は、
倉庫で荷物を運んでいる。
木箱。
保存食。
薬品。
いつも通り。
何も変わらないみたいに。
だが。
空気は違った。
灰燕運送ギルド
の誰も、
あの日のことを忘れていない。
助からなかった村。
雪の中の死体。
生き残った子供。
皆、
胸に残っていた。
◇
「……お前、休まなくていいのか」
イヴァン
が聞く。
レインは荷箱の縄を締めながら答えた。
「仕事がある」
「そういう話じゃねぇ」
イヴァンは眉をひそめる。
「お前、あの日から寝てねぇだろ」
「寝てる」
「二時間を睡眠扱いすんな」
レインは返事をしない。
ただ帳簿を確認し、
積荷を書き込んでいく。
次便。
薬草。
燃料。
乾燥肉。
届け先一覧。
その手が、
少しだけ止まった。
北西区域。
また冬村落輸送。
似たような場所だった。
似たような雪道。
レインは数秒黙る。
あの時の声が、
まだ耳に残っていた。
『おそい』
小さな声。
責めるでもなく。
ただ。
事実として。
◇
「……やめてもいいんだぞ」
イヴァンが低く言う。
「誰も責めねぇ」
「責めてるのは俺だ」
レインは淡々と返した。
その声に、
疲れが滲んでいる。
「間に合わなかった」
「だからって」
「分かってる」
レインは縄を引く。
ぎり、と音が鳴る。
「全部救えない」
イヴァンは黙る。
「……でも」
レインが続ける。
「運ばないと、次も死ぬ」
静かな声だった。
叫びでもない。
諦めでもない。
ただ、
それが事実だった。
薬が届かなければ死ぬ。
食料が届かなければ死ぬ。
冬を越せなければ死ぬ。
だから。
止まれない。
◇
数日後。
輸送隊は再び雪道を進んでいた。
ラッカ
が鼻を赤くしながら歩く。
「さむ……」
「歩け」
「鬼ぃ……」
だが今回は、
空気が少し違った。
周囲が、
自然にレインの指示へ従っている。
「馬休ませるぞ」
「了解」
「荷重右寄ってる」
「直す!」
以前みたいな反発がない。
皆、
知ってしまったからだ。
この男が、
どれだけ必死に人を生かそうとしているかを。
◇
夕方。
輸送先の小集落へ到着する。
今回は間に合った。
人々が駆け寄ってくる。
「食料だ!!」
「薬が来たぞ!!」
泣きそうな声。
飢えた顔。
レインは荷下ろしを始める。
確認。
数量。
配布順。
いつも通り。
その時。
服の裾が引かれた。
レインが視線を落とす。
小さな女の子だった。
七歳くらい。
毛布に包まれている。
レインは少し警戒する。
「どうした」
少女は小さな袋を差し出した。
中には、
歪な焼き菓子が入っている。
「これ」
「……?」
「おかあさんと作った」
少女は恥ずかしそうに笑った。
「ありがとう」
その瞬間。
レインは言葉に詰まった。
頭の中に、
あの村が浮かぶ。
助けられなかった人達。
雪。
死体。
遅かった声。
だが今、
目の前には生きている子供がいる。
間に合った命がある。
レインはしばらく動かなかった。
少女が不安そうになる。
「あの……?」
「……いや」
レインはようやく、
小さく息を吐いた。
そして。
ぎこちなく、
焼き菓子を受け取る。
「……どういたしまして」
その言葉は、
少しだけ震えていた。




