第十二話 助からなかった村
雪は止んでいた。
空は晴れている。
なのに。
空気は重かった。
レイン・ヴァルト
達の輸送隊は、
静かな街道を進んでいた。
吹雪を越え、
ようやく目的地が近い。
北西防衛集落、
グラン砦村。
本来なら。
三日前に着いているはずだった。
◇
「……静かすぎねぇか」
イヴァン
が低く言う。
ラッカも耳を伏せていた。
ラッカ
は獣人だから、
気配に敏感だ。
「嫌な感じする……」
レインは答えない。
ただ前を見る。
煙がない。
普通なら、
村が近ければ暖炉煙が見える。
だが。
何も無かった。
◇
村へ到着した時。
誰も、
すぐには言葉を出せなかった。
門が壊れている。
雪は赤黒く汚れ。
建物は半焼。
静かだった。
あまりにも。
「……おい」
イヴァンの声が掠れる。
「これ……」
返事はない。
必要なかった。
分かってしまったから。
◇
死体があった。
村の広場。
家の中。
井戸の横。
老人。
女。
子供。
雪に埋もれている。
皆、
痩せていた。
飢餓。
その後、
魔物。
生存者はいない。
遅かった。
三日。
三日遅れた。
◇
ラッカが口元を押さえる。
「……うそ」
イヴァンは目を伏せた。
戦場を知っている。
死人にも慣れている。
それでも。
これは重かった。
村ごと終わっている。
レインはゆっくり歩く。
雪を踏む音だけが響く。
崩れた家。
その中。
小さな木椅子が倒れていた。
食器。
途中まで編まれた毛布。
生活が残っている。
昨日まで、
ここに人がいたみたいに。
レインの視線が止まる。
壁際。
小さな足跡。
子供。
その先には、
空になった食料箱。
開けられたまま。
何も入っていない。
◇
「……間に合わなかったか」
イヴァンが呟く。
その瞬間。
レインの肩が、
ぴくりと動いた。
「違う」
低い声だった。
イヴァンが振り向く。
レインは俯いている。
「レイン?」
「違う」
もう一度。
「俺が遅れた」
空気が止まる。
ラッカが目を見開いた。
「いや、吹雪だったじゃん!
しょうが――」
「違う!!」
怒鳴り声。
初めてだった。
レインが、
感情を爆発させたのは。
ラッカが固まる。
イヴァンも。
レインは震えていた。
「もっと早く判断できた」
「街道変更もできた」
「中継を切り捨てれば半日縮められた」
言葉が止まらない。
「俺が止めた」
「安全を優先した」
「だから遅れた」
拳が震える。
爪が掌へ食い込む。
「俺が――」
声が掠れた。
「俺が、間に合わなかった」
◇
沈黙。
風だけが吹く。
イヴァンはしばらく黙っていた。
それから、
静かに言う。
「……違うだろ」
レインが顔を上げる。
「全部救えるわけねぇ」
「……」
「俺達は神様じゃない」
重い声だった。
「吹雪で止まらなきゃ、
今度は俺達が死んでた」
ラッカも小さく頷く。
「うん……」
「無理だったよ……」
だが。
レインは納得できない顔をしていた。
彼はずっと、
そうやって生きてきたからだ。
崩れる前に動く。
死ぬ前に備える。
間に合わせる。
それが出来なかった。
だから。
自分を許せない。
◇
その時。
レインは小さな音を聞いた。
かすかな。
木材の下。
全員が動きを止める。
「……待て」
レインが走る。
崩れた家屋。
木板を退かす。
雪。
その奥。
小さな子供がいた。
まだ息がある。
「!!」
ラッカが駆け寄る。
「生きてる!」
レインは即座に毛布を巻き、
身体を温める。
子供は弱々しく目を開けた。
「……おそい」
掠れた声。
レインの動きが止まる。
「みんな……しんじゃった……」
その言葉が、
胸へ突き刺さる。
レインは何も言えなかった。
ただ。
その小さな身体を、
強く抱き寄せることしかできなかった。
◇
帰路。
輸送隊は静かだった。
助けられた命は一つ。
失われた命は、
数え切れない。
夕暮れの雪道を歩きながら。
レインは初めて理解していた。
どれだけ備えても。
どれだけ走っても。
全部は救えない。
それでも。
止まるわけにはいかなかった。




