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世界を救ったのは勇者ではなく補給だった  作者: 南蛇井


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第十一話 灰の街道

 雪は、

音を消す。


 


 世界から色を奪い、

命の気配すら埋めていく。


 


 辺境北西街道。


 


 冬季長距離輸送隊は、

吹雪の中を進んでいた。


 


「前見えねぇ!!」


 


 

ラッカ

が叫ぶ。


 


 風が強い。


 


 白。


 


 どこを見ても白だった。


 


 空も。


 地面も。


 街道も。


 


 境界がない。


 


 荷車の車輪は雪へ沈み、

馬は荒く息を吐いている。


 


「速度落とすぞ!!」


 


 

イヴァン

が怒鳴る。


 


「落としすぎるな」


 


 前方から声。


 


 

レイン・ヴァルト

だった。


 


 雪を被りながら、

先頭を歩いている。


 


 ロープを握り、

街道位置を確認していた。


 


「右へ三歩寄れ」


 


「こんなんで分かるの!?」


 


「風」


 


「また風ぉ!?」


 


 ラッカが半泣きになる。


 


 だがレインは止まらない。


 


 視線は常に周囲を見ている。


 


 雪の積もり方。


 木々の傾き。


 風向き。


 


 街道が消えても、

頭の中には地形が残っていた。


 


     ◇


 


 今回の輸送は危険だった。


 


 冬季医薬品輸送。


 


 届け先は北西防衛集落。


 


 薬が尽きれば、

集落が死ぬ。


 


 だから止まれない。


 


 だが。


 


「……まずいな」


 


 レインが呟く。


 


「何が?」


 


 イヴァンが聞く。


 


「吹雪が早い」


 


 予定より半日。


 


 最悪のタイミングだった。


 


 街道中継地まで、

まだ距離がある。


 


「野営する?」


 


 ラッカが不安げに聞く。


 


 レインは少し考える。


 


 風。


 地形。


 積雪。


 


「駄目だ」


 


「えぇ……」


 


「ここで止まると埋まる」


 


 その一言で、

全員黙った。


 


 辺境の冬では、

本当にある。


 


 朝になったら、

雪の下。


 


 誰にも見つからない。


 


     ◇


 


 夜。


 


 吹雪は更に激しくなる。


 


 視界数メートル。


 


 輸送隊は崖下窪地へ緊急野営していた。


 


 焚火は小さい。


 


 布を張り、

風を防ぐ。


 


 馬を中央へ集め、

体温を逃がさない。


 


 全て、

レインの指示だった。


 


「ラッカ、水飲め」


 


「いらな……」


 


「飲め」


 


「はい……」


 


「イヴァン、靴脱げ」


 


「なんでだ」


 


「凍傷確認」


 


「……チッ」


 


 レインは一人ずつ状態を見て回る。


 


 呼吸。


 指先。


 疲労。


 


 眠気。


 


 特に眠気は危険だった。


 


 冬山では、

眠ったまま死ぬ。


 


     ◇


 


「レイン、お前も休め」


 


 イヴァンが言った。


 


 深夜。


 


 皆、

限界に近い。


 


 だが。


 


 レインだけが、

まだ起きていた。


 


 焚火の前。


 


 地図を見ている。


 


「あとで寝る」


 


「さっきも聞いた」


 


「見張りがいる」


 


「俺がやる」


 


「駄目だ」


 


「なんでだよ」


 


 レインは少し黙る。


 


 吹雪の音だけが響く。


 


 そして。


 


「……自分が寝たら死人が出る」


 


 静かな声だった。


 


 あまりにも自然に言うから。


 


 イヴァンは返せなかった。


 


     ◇


 


 レインは疲れていた。


 


 それも、

ずっと前から。


 


 睡眠不足。


 慢性的疲労。


 


 目の奥が痛い。


 


 指先の感覚も鈍い。


 


 それでも。


 


 止まれない。


 


 止まった瞬間、

崩れる気がしていた。


 


 昔からそうだった。


 


 遠征でも。


 野営でも。


 補給線でも。


 


 誰かが管理しないと、

人は死ぬ。


 


 だから。


 


 自分がやるしかない。


 


 そうやって、

ずっと生きてきた。


 


     ◇


 


 夜明け前。


 


 ラッカが目を覚ます。


 


 寒い。


 


 吹雪は少し弱まっていた。


 


「……ん」


 


 周囲を見る。


 


 全員眠っている。


 


 イヴァンも。


 馬も。


 


 だが。


 


 焚火の前には、

まだ人影があった。


 


 レインだった。


 


 座ったまま。


 


 地図を持ったまま。


 


 目だけ開いている。


 


 まるで、

無理やり起き続けているみたいに。


 


「……寝てないの?」


 


 ラッカが小声で聞く。


 


 レインは少し遅れて答えた。


 


「まだ平気だ」


 


 平気な顔ではなかった。


 


 頬は青白い。


 


 唇も乾いている。


 


 なのに。


 


 彼は焚火へ薪を足し、

周囲を確認し続ける。


 


 ラッカは初めて気づいた。


 


 この人。


 


 ずっと壊れながら動いている。


 


 誰かを死なせないためだけに。


 


     ◇


 


 翌朝。


 


 輸送隊は吹雪を突破した。


 


 中継地到達。


 


 死人なし。


 


 凍死者なし。


 


 それだけで奇跡だった。


 


 皆が安堵する中。


 


 レインだけが、

壁へ寄りかかっていた。


 


 立ったまま。


 


「……おい」


 


 イヴァンが近づく。


 


 返事がない。


 


「レイン?」


 


 その瞬間。


 


 レインの身体が崩れ落ちた。


 


「!?」


 


 ラッカが悲鳴を上げる。


 


 イヴァンが慌てて支える。


 


 熱。


 


 異常な高熱だった。


 


「こいつ……」


 


 イヴァンの顔が歪む。


 


 限界だったのだ。


 


 ずっと前から。


 


 ただ。


 


 倒れる暇が、

今まで無かっただけで。

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