第百十九話 春の街道
雪解け水が、
街道脇を流れていた。
◇
長かった冬が、
終わろうとしている。
◇
灰混じりだった大地に。
少しずつ、
色が戻り始めていた。
◇
黒ずんだ土の隙間から、
小さな新芽が伸びている。
弱々しい。
けれど確かに、
生きていた。
◇
朝の街道。
馬車列が、
ゆっくり進んでいく。
◇
車輪が泥を踏む音。
馬の息。
荷台の軋み。
◇
積まれているのは、
種子袋。
農具。
布。
薬草。
◇
戦争の頃みたいな、
武器じゃない。
◇
生きるための荷物だった。
◇
「道、
随分良くなったな」
◇
商人の男が、
感心したように言う。
◇
補修済みの街道。
崩れていた橋も、
新しい木材で組み直されている。
◇
道端では、
補修隊が作業中だった。
◇
「杭もっと持ってこい!」
「水路側固めろ!」
◇
汗まみれの作業員達。
元兵士。
元難民。
若い技師。
◇
みんな、
春が来る前に道を繋ごうとしていた。
◇
遠くから、
汽笛が響く。
◇
丘の向こう。
蒸気機関車が走っていた。
◇
白い蒸気が、
春空へ伸びていく。
◇
鉄道再開。
それは、
この世界にとって大きかった。
◇
孤立した街が繋がる。
食料が届く。
人が移動できる。
手紙が届く。
◇
世界が、
また循環し始めていた。
◇
レイン・ヴァルト
は、
街道脇の小高い丘に立っていた。
◇
風が吹く。
少し冷たい。
でも、
冬の風じゃない。
◇
春の匂いが混じっている。
◇
隣には、
ノア
がいた。
◇
「賑やかになったね」
◇
「あぁ」
◇
レインは、
街道を見る。
◇
馬車列。
歩く旅人。
修理隊。
蒸気列車。
遠くの駅舎。
◇
どれも、
特別じゃない。
◇
英雄もいない。
世界を変える奇跡もない。
◇
ただ。
人が働いて。
運んで。
直して。
待っている。
◇
その繰り返し。
◇
でも。
きっと文明って、
そういうものだった。
◇
壊れても。
失っても。
また道を作る。
また種を撒く。
また列車を走らせる。
◇
世界は完璧には戻らない。
傷も残る。
失った人も戻らない。
◇
それでも。
人は続ける。
◇
レインは、
小さく息を吐いた。
◇
空を見上げる。
◇
灰空の向こう。
今日は少しだけ、
青が見えていた。




