第百十八話 それでも
火が、
小さく揺れていた。
◇
崩壊した地下区画。
外では、
灰混じりの風が吹いている。
◇
ヴェルガ
は、
静かに壁へ寄りかかっていた。
◇
呼吸は弱い。
もう、
時間は残っていない。
◇
それでも。
その目だけは、
まだレインを見ていた。
◇
「お前は、
まだ人を信じるのか」
◇
掠れた声。
責める響きではない。
◇
純粋な問いだった。
◇
レイン・ヴァルト
は、
少しだけ考える。
◇
長い時間だった。
戦争。
飢餓。
崩壊。
絶望。
◇
人の醜さも、
何度も見た。
◇
奪い合い。
見捨てる者。
腐敗。
狂気。
◇
理想だけでは、
誰も生きられないことも知っている。
◇
だから。
昔みたいに、
綺麗事では返さなかった。
◇
レインは、
静かに口を開く。
◇
「……また壊れると思う」
◇
ヴェルガは、
黙って聞いている。
◇
「争いも無くならない」
「人はまた、
間違える」
◇
「多分、
何度でも」
◇
否定しない。
否定できない。
◇
全部、
見てきたからだ。
◇
レインは、
ゆっくり火を見る。
◇
小さな炎。
今にも消えそうな灯火。
◇
それでも。
誰かが薪を足せば、
また燃える。
◇
レインは、
静かに続けた。
◇
「でも」
◇
「飯を作って」
「誰かを待つ人間がいる限り」
◇
「世界は終わらない」
◇
ヴェルガの目が、
僅かに揺れる。
◇
レインは、
もう前だけを見ていた。
◇
「大したことじゃない」
「英雄でもない」
◇
「畑を耕す奴がいる」
「道を直す奴がいる」
「帰りを待つ奴がいる」
◇
「それを、
何回でも繰り返す」
◇
火の音。
静かな地下室。
◇
「壊れても」
「また作る」
◇
「多分、
人間ってそれしか出来ない」
◇
ヴェルガは、
長く黙っていた。
◇
やがて。
小さく息を吐く。
◇
「……愚かだな」
◇
その声には、
もう冷笑は無かった。
◇
レインは、
少しだけ笑う。
◇
「あぁ」
◇
「でも、
それで続いてきた」
◇
沈黙。
◇
長い長い沈黙。
◇
そして。
ヴェルガは、
ゆっくり目を閉じた。
◇
かつて世界を管理しようとした男。
人類を否定した支配者。
◇
その最後は、
静かだった。
◇
怒りも。
憎しみも。
無かった。
◇
ただ。
遠い場所を見るような、
穏やかな顔だった。
◇
火が揺れる。
灰が舞う。
◇
レインは、
しばらくその場を動かなかった。
◇
敵だった男。
理解できなかった男。
でも。
最後には、
少しだけ分かり合えた気がした。
◇
やがて。
レインは静かに立ち上がる。
◇
崩壊した地下区画を後にし。
地上へ出る。
◇
空はまだ灰色だった。
でも。
雲の向こうに、
薄く光が差していた。




