第百十七話 繰り返す世界
夜だった。
◇
崩壊した旧黒灰行政塔。
地下区画。
◇
小さな火だけが、
部屋を照らしている。
◇
風が吹く度、
崩れた壁の隙間から灰が入り込んだ。
◇
ヴェルガ
は、
毛布へ包まったまま壁にもたれていた。
◇
呼吸は浅い。
顔色も悪い。
◇
もう、
長くない。
◇
レイン・ヴァルト
は、
火の向こう側に座っていた。
◇
しばらく。
どちらも何も言わない。
◇
静寂の中。
遠くで、
崩れた鉄骨が軋む音だけが響く。
◇
やがて。
ヴェルガが、
ゆっくり口を開いた。
◇
「……街道は戻ったか」
◇
「あぁ」
◇
「市場も?」
◇
「少しずつな」
◇
ヴェルガは、
小さく目を閉じる。
◇
「そうか」
◇
短い沈黙。
◇
そして。
冥王は、
静かに言った。
◇
「だが、
また壊れる」
◇
火が揺れる。
◇
「人類は繰り返す」
「争いは終わらない」
「文明は腐敗する」
◇
その声音に、
昔の冷たさは無い。
◇
ただ。
長い時間、
人間を見続けた者の確信だけがあった。
◇
「王国は腐った」
「貴族は民を捨てた」
「英雄は神格化され」
「正義は互いを殺した」
◇
「お前も見ただろう」
◇
レインは、
答えない。
◇
否定できなかった。
◇
焼けた村。
飢餓。
略奪。
崩壊した王都。
戦後難民。
壊れた兵士。
腐敗した国家。
◇
全部、
見てきた。
◇
人は間違える。
何度でも。
◇
ヴェルガは、
乾いた咳をする。
◇
「だから私は、
管理を選んだ」
「自由に任せれば、
人類は壊れる」
◇
黒灰圏。
秩序。
監視。
統制。
◇
確かに。
あの場所は、
飢餓を抑えた。
治安を維持した。
崩壊しかけた世界を、
機能させていた。
◇
間違いだけでは、
なかった。
◇
レインは、
火を見る。
◇
揺れる炎。
小さい火。
◇
消えそうで。
でも、
まだ燃えている。
◇
ヴェルガが、
掠れた声で続ける。
◇
「お前達が作った世界も」
「いずれ同じだ」
◇
「物流も」
「市場も」
「街道も」
◇
「また奪い合いが始まる」
「また差別が生まれる」
「また誰かが、
誰かを切り捨てる」
◇
レインは、
静かに目を閉じた。
◇
分かっている。
理想郷なんて来ない。
完全な世界も無い。
◇
人は、
また壊す。
◇
きっと、
何度でも。
◇
しばらく沈黙が落ちる。
◇
火の音だけが、
小さく響いていた。




