第百十六話 最後の冥王
灰の降る荒野だった。
◇
かつて、
黒灰圏中央統治区だった地域。
◇
今はもう、
何も残っていない。
◇
崩れた監視塔。
止まった配給施設。
風化した灰色の街。
◇
あれほど巨大だった黒灰圏も。
戦争と崩壊の果てに、
消えた。
◇
秩序は永遠じゃなかった。
管理も、
世界そのものの崩壊には勝てなかった。
◇
レイン・ヴァルト
は、
旧黒灰街道を歩いていた。
◇
目的は、
残存設備の調査。
旧浄化炉が、
まだ使える可能性があるという報告があった。
◇
同行者は少ない。
危険地帯だからだ。
◇
空は暗い。
冷たい風が吹く。
◇
その途中。
レインは、
奇妙な足跡を見つけた。
◇
新しい。
人間のもの。
◇
「……誰かいる」
◇
廃墟群の奥。
崩れた行政塔の地下区画。
◇
薄暗い部屋の中。
一人の男が、
壁にもたれて座っていた。
◇
灰色の長衣。
痩せ細った身体。
白くなった髪。
◇
だが。
その目だけは、
まだ静かだった。
◇
レインは、
足を止める。
◇
ヴェルガ
。
◇
かつて。
黒灰圏を統べた支配者。
世界を“管理”しようとした男。
◇
今は。
ただ、
死にかけている老人だった。
◇
ヴェルガが、
ゆっくり目を開く。
◇
「……来たか」
◇
声は掠れていた。
◇
部屋の隅には、
僅かな保存食。
空になった水筒。
停止した暖炉。
◇
長くはない。
一目で分かった。
◇
レインは、
静かに近付く。
◇
「生きていたのか」
◇
ヴェルガは、
小さく笑う。
◇
「……しぶといだけだ」
◇
かつての威圧感は無い。
圧倒的支配者の空気も。
人類を見下ろす冷徹さも。
◇
残っているのは。
世界の終わりを見届けた男の、
静かな疲労だけだった。
◇
レインは、
周囲を見る。
◇
旧黒灰統治資料。
崩れた地図。
停止した管理端末。
◇
巨大だった体制の残骸。
◇
ヴェルガは、
それを見ながら呟く。
◇
「全部、
終わった」
◇
その声には。
怒りも。
執着も。
無かった。
◇
ただ、
事実を述べるだけ。
◇
レインは、
しばらく黙っていた。
◇
敵だった男。
世界を変えた男。
多くを壊し。
同時に、
多くを維持した男。
◇
その最後が。
こんな、
誰もいない廃墟だとは。
◇
風が吹く。
崩れた窓から、
灰が舞い込む。
◇
ヴェルガは、
薄く目を閉じた。
◇
「……結局」
「誰も、
世界を支配できなかったな」
◇
レインは、
答えなかった。
◇
もう。
ここには、
冥王はいない。
◇
いるのは。
壊れた世界で、
最後まで生き残った一人の老人だけだった。




