第百二十話 春を待つ人々
朝だった。
◇
春風が、
駅舎の窓を揺らしている。
◇
空は薄青い。
長い冬を越えた世界に、
ようやく柔らかな光が差していた。
◇
辺境中央駅舎。
かつて、
難民と負傷兵で溢れた場所。
絶望の中継点だった場所。
◇
今は。
人の声で満ちていた。
◇
「南部行き積荷確認!」
「医療箱二十!」
「交換証券は窓口だ!」
◇
荷車が行き交う。
商人達が声を張る。
子供達がホームを走る。
◇
鐘が鳴る。
列車到着の合図。
◇
蒸気機関車が、
白煙を吐きながらゆっくり滑り込んできた。
◇
人々が動き出す。
荷物を運ぶ者。
迎えに来た者。
旅へ出る者。
◇
全部、
ただの日常だった。
◇
レイン・ヴァルト
は、
倉庫前で荷物仕分けをしていた。
◇
「そっちは北街道行き」
「燃料箱は後ろへ回せ」
「それ壊れ物だ、
積み方変えろ」
◇
新人運送員達が、
慌てて動く。
◇
「レインさん!」
「この輸送表、
確認お願いします!」
◇
「あぁ、
置いとけ」
◇
汗を拭きながら、
木箱を持ち上げる。
◇
特別な姿じゃない。
鎧も無い。
勲章も無い。
◇
ただ、
働いている。
◇
ホームでは。
小さな女の子が、
母親の手を引いていた。
◇
「早く早く!」
「列車見えなくなっちゃう!」
◇
その横を、
商隊列が通り過ぎる。
遠方農業区から来た荷車。
積まれているのは、
今年最初の春小麦だった。
◇
駅舎壁には、
新しい路線地図。
復旧した街道。
再接続された都市。
◇
世界は、
完全には戻っていない。
◇
汚染地帯も残っている。
崩壊した国もある。
帰らない人もいる。
◇
でも。
道は続いていた。
◇
レインは、
ホーム端へ歩く。
◇
春風。
蒸気の匂い。
遠くへ伸びる線路。
◇
列車が、
ゆっくり動き始める。
◇
人々も、
また歩き出す。
◇
誰も、
レインを救世主とは呼ばない。
◇
銅像も無い。
歴史書の中心にもならない。
◇
けれど。
彼が守った物流がある。
彼が繋いだ街道がある。
彼が維持した文明がある。
◇
その上を。
無数の人間達が、
今日も生きている。
◇
ノア
が、
駅舎二階から叫ぶ。
◇
「レイン!」
「次の輸送隊、
昼前出発だって!」
◇
「あぁ、
今行く!」
◇
レインは、
軽く手を上げる。
◇
そして。
また荷物を担ぐ。
◇
汗を流し。
道を教え。
輸送を確認し。
次の列車を待つ。
◇
それだけだ。
◇
でも。
きっと、
それでいい。
◇
レインは、
春空を見上げた。
◇
灰空の向こう。
今日は、
青が広がっている。
◇
世界はまた、
壊れるかもしれない。
人はまた、
争うかもしれない。
明日が来る保証なんてない。
◇
だから。
◇
「今日を繋ぐ」
◇
汽笛が響く。
春風が吹く。
列車が走り出す。
◇
そして。
人々は、
また生きていく。




