第百十三話 残された灰
その森には。
鳥の声が無かった。
◇
風だけが吹いている。
灰を巻き上げながら。
◇
旧中央汚染地帯。
かつて、
大規模決戦が行われた場所。
◇
今もなお。
人の立ち入りは禁止されている。
◇
空は暗い。
昼なのに薄曇り。
地面には、
灰色の粉雪のような沈殿物。
◇
木々は、
半分石化していた。
◇
葉は無い。
枝は黒く捻じれ。
幹には、
魔力侵食の亀裂が走っている。
◇
灰化森林。
戦後、
そう呼ばれるようになった場所だった。
◇
レイン・ヴァルト
は、
調査隊と共に森を進む。
◇
「濃度上昇してる」
「長時間滞在危険」
◇
技師が、
測定器を見ながら言う。
◇
昔よりマシだ。
だが、
安全ではない。
◇
森を抜ける。
その先に、
都市が現れた。
◇
無人都市。
◇
崩れた石造建築。
窓の割れた集合住宅。
止まった時計塔。
◇
通りには、
誰もいない。
◇
市場跡には、
風が吹き抜けるだけ。
◇
かつてここには、
数万人が暮らしていた。
笑い声もあった。
生活もあった。
◇
今はもう、
何も残っていない。
◇
隊員の一人が、
小さく呟く。
◇
「……街が死んでる」
◇
レインは、
答えなかった。
◇
その時。
遠くで、
低い唸り声が響く。
◇
全員が武器へ手をかけた。
◇
瓦礫の奥。
そこから現れたのは、
異形の獣だった。
◇
狼に似ている。
だが。
皮膚は灰色に硬化し。
眼球は赤く濁り。
背中から、
黒い結晶が突き出している。
◇
変異魔獣。
汚染地帯特有の生物。
◇
かつての戦争が、
生態系そのものを変えてしまった証。
◇
魔獣は、
しばらくこちらを見る。
だが。
襲ってこなかった。
◇
静かに、
瓦礫の奥へ消えていく。
◇
誰も追わない。
◇
レインは、
崩れた街を見渡した。
◇
春は来ている。
街道も戻り始めた。
市場も復活している。
◇
でも。
全部が戻る訳じゃない。
◇
失われた都市。
壊れた自然。
変わってしまった世界。
◇
戦争の跡は、
消えない。
◇
同行していた若い調査員が、
ぽつりと言う。
◇
「いつか、
元に戻るんですかね」
◇
レインは、
少しだけ考えた。
◇
昔の世界。
青い空。
平和だった街。
壊れる前の景色。
◇
そして。
静かに首を横へ振る。
◇
「……戻らない」
◇
調査員が、
目を伏せる。
◇
だが。
レインは続けた。
◇
「傷は残る」
「消えないものもある」
◇
「でも、
残った世界で生きることはできる」
◇
風が吹く。
灰が舞う。
◇
死んだ都市の向こう。
遠くの地平線には。
小さく、
新しい街道の灯火が見えていた。




