表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
世界を救ったのは勇者ではなく補給だった  作者: 南蛇井


この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

111/120

第百十一話 小さな市場

 市場の匂いがしていた。


 


 焼きたてのパン。


 


 乾燥果実。


 


 香草。


 


 油。


 


     ◇


 


 数年前なら、

考えられない光景だった。


 


     ◇


 


 ローデン駅前広場。


 


 かつては、

避難民用配給区画だった場所。


 


     ◇


 


 今は。


 


 木造屋台が並んでいる。


 


     ◇


 


「焼きたてだよ!」


 


「南部産小麦!」


 


     ◇


 


 パン屋の女が、

声を張り上げる。


 


     ◇


 


 店先には、

丸い小麦パン。


 


 まだ小さい。


 


 形も不揃い。


 


     ◇


 


 でも。


 


 “配給食”じゃない。


 


     ◇


 


 誰かが作って。


 


 誰かが選んで買う。


 


 それはもう、

市場だった。


 


     ◇


 


 隣では、

古着屋が布を広げている。


 


     ◇


 


「穴補修済み!」


 


「冬越え毛布付き!」


 


     ◇


 


 昔の軍服を、

縫い直した上着。


 


 継ぎ接ぎだらけの外套。


 


     ◇


 


 新品なんて、

まだ少ない。


 


 だが。


 


 “選べる”ようになっていた。


 


     ◇


 


 農具交換所では、

農民達が言い争っている。


 


     ◇


 


「この鍬、

刃が歪んでる!」


 


「その代わり柄を新調した!」


 


     ◇


 


 笑い声が起きる。


 


     ◇


 


 取引。


 


 交渉。


 


 文句。


 


     ◇


 


 生き延びるだけだった世界に。


 


 少しずつ、

日常が戻っていた。


 


     ◇


 


 広場の端。


 


 小さな菓子屋台。


 


     ◇


 


 砂糖はまだ貴重だ。


 


 だから、

蜜焼き菓子は小さい。


 


 本当に小さい。


 


     ◇


 


 それでも。


 


 子供達は目を輝かせていた。


 


     ◇


 


「一個だけ!」


 


「半分こする!」


 


     ◇


 


 笑いながら、

焼き菓子を分け合う。


 


     ◇


 


 その光景を。


 


 

レイン・ヴァルト

は、

市場入口から見ていた。


 


     ◇


 


 隣には、

ノア

がいる。


 


     ◇


 


「人、

増えたね」


 


     ◇


 


「あぁ」


 


     ◇


 


 昔は違った。


 


 市場にあったのは、

配給列だけ。


 


 奪い合い。


 


 空腹。


 


 絶望。


 


     ◇


 


 誰も、

“欲しい物”を探していなかった。


 


 必要最低限しか、

考えられなかった。


 


     ◇


 


 だが今。


 


 人々は立ち止まっている。


 


 品物を見比べている。


 


 悩んでいる。


 


     ◇


 


 それは。


 


 ほんの少しだけ、

余裕が戻った証だった。


 


     ◇


 


 ノアが、

小さく呟く。


 


     ◇


 


「豊かになったのかな」


 


     ◇


 


 レインは、

しばらく市場を見る。


 


     ◇


 


 パン屋。


 


 古着屋。


 


 農具。


 


 菓子。


 


 雑談。


 


 笑い声。


 


     ◇


 


 そして。


 


 静かに首を横へ振った。


 


     ◇


 


「……まだ違う」


 


     ◇


 


「豊かじゃない」


 


     ◇


 


 世界はまだ壊れている。


 


 飢餓地域もある。


 


 汚染地帯も残っている。


 


 復興途中だ。


 


     ◇


 


 でも。


 


     ◇


 


「余裕が戻り始めてる」


 


     ◇


 


 必要最低限だけじゃなく。


 


 誰かへ土産を買う。


 


 甘い物を欲しがる。


 


 服を選ぶ。


 


     ◇


 


 そんな“無駄”が。


 


 少しずつ戻ってきていた。


 


     ◇


 


 それはきっと。


 


 人がまた、

生き始めたということだった。


 


     ◇


 


 遠くで汽笛が鳴る。


 


 市場の人々が顔を上げる。


 


     ◇


 


 新しい列車が、

駅へ入ってきた。


 


     ◇


 


 また、

荷物と人を運んできたのだ。


 


     ◇


 


 レインは、

その光景を見ながら。


 


 少しだけ、

笑った。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ