第百九話 再出発
春の風が吹いていた。
昔みたいな、
暖かな春ではない。
◇
空にはまだ、
薄く灰が残っている。
遠くの山肌には、
焼け跡も見える。
◇
それでも。
冬は終わっていた。
◇
辺境鉄道駅《ローデン中継駅》。
かつて。
戦時中の重要物流拠点だった場所。
◇
今は。
少しだけ、
違う音が響いている。
◇
汽笛。
車輪音。
人の声。
◇
駅舎ホームには、
新しく打ち直された木板。
修復された屋根。
繋ぎ直された線路。
◇
完全ではない。
壁にはまだ、
戦争時の亀裂が残っている。
鉄骨も所々歪んでいた。
◇
だが。
確かに、
使われていた。
◇
朝。
小型機関車が、
ゆっくり駅へ滑り込む。
◇
蒸気が上がる。
荷台には。
農具。
保存食。
布材。
苗木。
◇
“生きるため”の荷物ではなく。
“暮らすため”の荷物が、
少しずつ増えていた。
◇
ホームでは、
小規模商隊が積荷確認をしている。
◇
「南側街道、
前より安全らしいぞ」
「橋直ったからな」
◇
旅人の数も増えた。
避難ではない。
移住。
商売。
仕事探し。
◇
人が、
未来を前提に動き始めている。
◇
レイン・ヴァルト
は、
駅舎二階の管理窓から外を見ていた。
◇
机には、
輸送記録が積まれている。
◇
「北線、
本日二便」
「農業資材優先」
「第三橋梁、
積載制限継続」
◇
地味な仕事だ。
昔と変わらない。
◇
世界を救うような話じゃない。
英雄譚でもない。
◇
でも。
この積み重ねが、
今の世界を動かしている。
◇
階下から声が飛ぶ。
◇
「管理人!」
「荷札確認頼む!」
◇
レインは、
短く返事をした。
◇
「今行く」
◇
階段を下りる。
途中。
壁へ貼られた古い路線図が目に入る。
◇
戦争で失われた路線。
まだ閉鎖された地域。
消えた都市。
◇
世界は、
元には戻っていない。
◇
完全復興なんて、
きっと来ない。
◇
それでも。
止まってはいなかった。
◇
ホームへ出る。
春風が吹き抜けた。
◇
遠く。
子供達が、
貨車の数を数えている。
◇
「六両!」
「今日は多い!」
◇
商人達が笑う。
駅員が怒鳴る。
汽笛が鳴る。
◇
生活の音だった。
◇
レインは、
荷車へ木箱を積み込む。
◇
重い。
汗もかく。
手も汚れる。
◇
だが。
その作業をしながら。
彼は少しだけ、
空を見上げた。
◇
薄い青空。
春の匂い。
◇
世界は壊れた。
多くを失った。
◇
それでも。
人はまた、
道を繋ぎ始めている。
◇
レインは、
何も言わず。
いつものように、
次の荷物を持ち上げた。




