第百八話 春を待つ
冬は。
ある日突然、
終わった訳じゃない。
◇
少しずつだった。
◇
まず。
灰雪が弱くなった。
◇
毎日空を覆っていた灰色が、
ほんの少し薄くなる。
◇
次に。
風が変わった。
◇
刺すような冷気が、
少しだけ柔らかくなる。
◇
そして。
ある朝。
誰かが空を見上げて言った。
◇
「……青い」
◇
空に。
薄く。
本当に薄くだが。
青色が戻っていた。
◇
ドラクエラ中央区。
人々が足を止める。
◇
市場の女。
荷運び人夫。
子供達。
◇
みんな。
空を見ていた。
◇
泣く者はいない。
歓声もない。
◇
ただ。
静かに見上げていた。
◇
長すぎる冬だった。
多くが死んだ。
失われたものは、
戻らない。
◇
それでも。
空は、
少しだけ春を思い出していた。
◇
南部農地。
ノア
が、
泥だらけになりながら叫ぶ。
◇
「芽だ!」
「また出てる!」
◇
土の中。
小さな緑。
◇
弱々しい。
今にも折れそうな芽。
◇
でも。
確かに生きていた。
◇
鉄道区画では。
長く止まっていた機関車へ、
火が入る。
◇
技師達が、
凍結した部品を叩く。
◇
「圧力正常!」
「線路確認完了!」
◇
汽笛。
◇
低く。
長く。
世界へ響く。
◇
そして。
列車が動き始めた。
◇
ゆっくり。
本当にゆっくり。
◇
だが確かに。
前へ進む。
◇
レイン・ヴァルト
は、
高台からその光景を見ていた。
◇
輸送列。
煙。
畑。
市場。
生き残った人々。
◇
世界は、
まだ壊れている。
汚染地帯も残っている。
国家も戻っていない。
飢餓も、
完全には終わっていない。
◇
だが。
それでも。
人は生きていた。
◇
その時。
レインは、
ようやく辿り着く。
◇
自分は。
勇者ではない。
世界を救う者でもない。
◇
救えないものは、
確かにある。
壊れるものもある。
滅びは止められない。
◇
でも。
終わった後も。
崩れた後も。
誰かが、
人を生かし続けなければならない。
◇
食料を運ぶ。
橋を直す。
火を絶やさない。
子供へ文字を教える。
◇
そうやって。
文明は続いていく。
◇
レインは、
薄青の空を見上げた。
◇
昔。
勇者へ憧れた、
ただの兵士。
◇
だが今。
彼は、
世界の“維持者”になっていた。
◇
風が吹く。
灰の匂いが、
少しだけ薄れていた。
◇
遠くで。
子供達の笑い声が聞こえる。
◇
レインは、
静かに呟いた。
◇
「明日が来る保証なんてない」
◇
「だから」
◇
「今日を繋ぐ」




